2014年6月6日金曜日

芒種に霜焼け


今日はどしゃぶりの中、郊外の酒屋へ取材に行っておりました。
 棒が1本あったとさ〜♪(中略)
 あっという間にかわいいコックさん♫
と思わず口ずさみたくなるような、見事に6月6日な日でありました。
長靴で訪問というのはナンだろうと思い、
普通のローヒール靴で出かけたら、瞬く間に水浸しに。
酒屋の倉庫はマイナス5℃、ちょいとパーシャルフリージングした後、
帰りの電車や立ち寄ったスーパーも「クールクールで夏はクール」状態、
今日は芒種であるというのに、
家に着く頃には冬の風物詩、霜焼けもどきになっていた。
たき火だたき火だ落ち葉たき〜♪だ。
 
と、季節が混乱しているが、今年ももうすぐ半分終わるのだ。
早過ぎやしないか?

部屋の花はミモザから桜、そして芍薬へと移りゆく。
見事な大輪の芍薬は、散り方も大胆、
仕事をしている最中、何となく気配を感じ振り返ると、
ザバッと落ちていた。
花言葉は「恥じらい」「はにかみ」らしいが、どうもしっくりこない。
威風堂々たる姿で、散り際は桜よりよほど潔い。
(実は「威厳」という花言葉もあるんだとか。
 ちょっと、どうなっているのよ、花の子ルンルン?)

どこか動物的ですらある。
と思ったが、
それはただ単に大きな花弁の存在感からそう感じるだけで、
実際の動物の死に際は、おそらく花のようにはいかないのだろう。
花はピークに到達して散るが、
人は、今の時代に生きている人は、ピークがわからない。

 散りぬべき 時知りてこそ 世の中の
 花も花なれ 人も人なれ

と詠んだ細川ガラシャは38歳で命を絶っている。





2014年5月30日金曜日

真夜中のドライカレー

おそらく今の私はモンゴロイド2割増状態だろう。
黄レンジャーになっているかもしれない。
レシピ・レシピ・レシピの後、
ここ2週間は連日スパイス料理&カレーの試作・試作・試作。
身体中にスパイスが染み込んでいる。
家の中の空気も物もすべて黄色く染まっている気がする。
ファブリーズ10本くらい使ってもおさまりつかないのではないか。
だからもう諦めて、スパイス無法地帯としている。
スパイスたちにとってはパラダイスであろうな。

黄色いスパイスと言えば、筆頭はターメリック。
匂いこそあまり主張しないものの、色が手強い。
わずかにこぼしただけで、たちまち黄色いシミになってしまい、
手早く掃除しないととれなくなる。
ポリカーボネートのミルの容器はすぐに洗ったにも関わらず、
しっかり染まってしまった(著者のシェフのお店ではガラス製なので大丈夫)。
その結果、レシピの手順を変更し、読者にはそのような被害が及ばないようにした。
レシピの向こうには、こうした犠牲があることを
どうぞお汲み取りいただきたいものですな、なんて。
ちなみに、布にターメリックをつけてしまった場合、
洗って日光に当てると、紫外線の効果で消えるらしい。不思議だなあ。
人間の肌は紫外線でシミになるというのに。

匂いはスパイスだけではない。
スパイスカレーの必須素材として、スパイスの他に頻繁に登場するのが、
G&Gと呼ばれるにんにくとショウガ、そして玉ねぎ。
匂いの最強メンバーである。

玉ねぎショック。この時期、玉ねぎは一斉に新玉ねぎに切り替わる。
新玉ねぎは水分が多く味が薄いため、カレーには向いていない。
これは私にとって、今そこにある危機であった。
本当に、どこのスーパーに行っても、
赤茶色の皮に包まれた冬場の玉ねぎがないのだ。
著者の店では数ケースをキープしてこの時期を乗り越えるという。
1ケース送ろうか?と大変ありがたい言葉をシェフからいただいたが、
大事な商売の玉ねぎを使うのは申し訳ない。

ここもどうせないだろうなあ、と思いつつ、
24時間営業の某スーパーをのぞいてみた。
このスーパーは、不潔感をコンセプトとしている(ように思える)。
店内はいつもよどんだ生臭い匂いがし、通路には段ボールが投げ出され、
店員は愛想がなく汚れた制服を着用し、黒ずんだ爪で商品をつかみレジを打つ、
と徹底したショップ・アイデンティティが貫かれており、
そのため、私がここで買うのは、お菓子とかヨーグルトのような、
密閉され定価がわかっているメーカー商品(で安くなっているもの)だけで、
生鮮食品は買ったことがない。
しかし、なんと、あったのだ、求めていた玉ねぎが!!
この時ばかりは、このスーパーが神のように見えた。
大きな新玉ねぎが1個58円で売られている横で、
小振りで3個入りネット258円もする旧玉ねぎを
嬉々としてカゴにバンバン入れる私。
2週間にわたり全部でいったい何個買ったことだろう。
店の在庫一掃に一役買ったことは間違いない。


スパイス料理&カレーの調理で基本となる手順。
それは、まず鍋にオイルとホールスパイスを入れ、
パチパチと弾けさせ、香りを抽出する。
マスタードシードは飛び散るのでフタで防御、
クミンシードが弾ける音は小さいのでよく耳を澄まし、
香りや色の変化を逃さないよう各神経を集中する。
抽出が最大になったら、玉ねぎを入れて炒める。
じっくりアメ色になるまで、ではなくて、
焦がし焼くような感じに数分程度で火入れする。
それからトマトを投入。
そうそう、トマトも必須の素材。
何個買ったかわからないが、こちらは今、
農協の直売で豊富に売られている時期なので問題なし。
(美味しいトマトを手に入れた時、私は幸せな気持ちになる)
トマトを潰し炒めて水分を飛ばし、味を凝縮させ、
次にパウダースパイスを加え、粉気を飛ばす。
これで味のベースができる。
そこに液体を加え、メインの具となる食材を入れて煮ればでき上がり。
意外と短時間で作れるのだ。

とはいえ、ドライカレーのような、長時間かかるものもある。
玉ねぎ1.4kg、挽き肉1kg。
夕べは3時まで鍋と格闘していた。
大量の玉ねぎに涙目になり、火の熱気で汗だくになり、
試食してまた汗が噴き出す。

昔、夕暮れ時の路地裏で、この家はカレーだな、とわかったものだが、
我が家から発せられるのはインド人もびっくりな本場の匂いだ。
クミン、シナモン、カルダモン、クローブ、
コリアンダー、カイエンペッパー、マスタードシード・・・・
それも一日中、深夜まで。
レシピに書いた調理時間を正確にはかるため、タイマー2個づかいで、
ピピッとコンロ、じゃなくてピピピピッとうるさいし。
どうか通報されませんように。

あと少し。あと少し。ガンバレニッポン、ガンバレアタシ。
そうして、全63品試作をなんとか終えた。
真夜中に食べるドライカレーは、
自分の中のマゾ感覚に最後のムチを打つような、刺激的な辛さだった。






2014年5月16日金曜日

レシピ・レシピ・レシピ

この2カ月間、いや、今年に入ってから今日まで、
私はいったい何をしていたのだろうか。
その大半を椅子に座り、PCを見続けて過ごしてきた。
もちろん、撮影や取材で出ていく時もあるにはあったけれど、
あるいは料理の試作に明け暮れていた時期もあったが、
圧倒的に原稿に向かっている時間が長かった。
人の書いた原稿のチェック、自分の執筆、校正、
一番多い作業はレシピ原稿の作成である。
レシピ、レシピ、レシピ。
1日10数時間ぶっ通しでレシピ作成をしている日もざらだ。
なんだか、自分がひどく不器用な人間の気がしてきて、
「自分、不器用ですから」と健さん風に心の中で呟いてみたりするが、
アレはできる人だから味のある言葉なんであって、
今の自分はただ単に仕事能力が低い人間なんじゃなかろうか、
そろそろ「体力の限界」と引退宣言すべきか、と
3時間に1回の休憩で庭に出て軽くシコを踏みつつ考える。
まだ40代だから働き盛りってやつなんだろうけど、
このところのあまりの忙しさに、燃え尽き症候群になりそうでこわい。
根の部分がナマクラなので、ふっとヒマになった時には
どこまでも自堕落になれるだろう。

レシピの文章というのは特有のものがあり、
一つ一つの表現を気にし出すと、際限なく検討すべきことがあわられる。
例えば、
「フライパンにオイルとスパイスを入れて強火にかける」
「フライパンを強火にかけ、オイルとスパイスを入れる」
「フライパンを強火にかけ、オイルを引き、スパイスを入れる」
など、同じ動作でもいろいろな書き方ができる。
どの言い回しが一番ふさわしいのか、考える。
そして、AならAと決めると、他のページも同じタイプの料理であれば
統一をはかる必要がある。
作り方1・2・3という順も、実際の手順としてどうするのが一番スムーズなのか、
1番でまず、下ごしらえ的な玉ネギはみじん切りにする、トマトはざく切りにする
といったことを書く方法もあれば、
2番や3番でみじん切りにした玉ねぎを入れ、と流して書く方法、
あるいは材料の欄ですでに 玉ねぎ(みじん切り)と書いてしまう方法もある。
できるだけ親切に書きたいが、そうするとレシピの文字量は増えてしまう。
1冊の本で何十品とあるので、初期の頃に書いていたものと、
後半では少しタッチが違ってしまう場合があり(と言っても微妙な違いですよ)
またそこで、どちらの表現にすべきか、と考える。

書き方だけではない。
にんにく1片、ショウガひとかけらというのは何gくらいを指しているのか。
トマト1個と言ってもかなり幅があるのである。
多少違ってもOKなレシピであればむろんいいが、
ある程度厳密さが要求される場合には1個と書くよりg表記したほうがいい。
しかし、トマト1個が何gくらいなのか、パッと答えられる一般の人は
そう多くはない気がするので、何gだけでなく約1個などと書き加えたほうが
見当がつけやすいとも言える。
著者から「27g」のような、一般の人からすると
中途半端な分量が出されることがあり、
できればこれをきりのよい30gにしてはダメか?といった調整もはかる。
普段は買わないような食材をわざわざレシピのために購入して、
使用するのはわずかな量で残りはどうすればいいのか?というのも困る。
ようするに、どこまで親切にするのか、の線引きが難しい。
親切心で文字数が多くなっているのに、見た人からすると
「レシピが長くて難しそう」となり、苦労は水の泡である。
配合や作り方を平易にしていけばいくほど、旨さが置き去りにされる。
と、突き詰めていくとキリがないのであります。

しょせんレシピはレシピ、微妙なニュアンスはレシピではわからない、
と言う人もいる。確かにそうだと私も思う。
思うからこそ、いかにして限られたレシピの中で
ニュアンスを明確に伝えられるか、限界に挑戦しているとも言える。
クックパッドのような、インターネットのサイトで
いくらでも無料でレシピが見られる時代、
わざわざお金を払って買ってもらうのであるから、
素人の投稿の、ゆるく、そして私から見たら
「まずそうだな」「これはおかしい」
と思うレシピと同等であってはいけない。
これくらい徹底してチビしくやって当然、と思うことにしよう。

しかしまたその一方で、従来のレシピの型から抜けて、
もっと新たな表現方法を模索したいとも思う。
限界に挑戦するのではなく、その型を打ち破らないと
クリエイティヴではなくただの事務作業になってしまう。
その先のレシピへ、だ。




2014年4月23日水曜日

木を買う女2014


この時期、外は光眩しく暖かいのに室内は肌寒い。
ゴールデンウィークに1日も休めないことがわかった
今の私の心のありようそのものであります。

さて、そんな殺伐としたマイライフに、
ささやかな灯となる植木がまた1本やってきました。

毎年恒例、近所の植木市が今年も行われたのですね。
昨年はうっかり逃してしまい口惜しい思いをした。
一昨年はこんな感じであった。

↓

http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2012/04/blog-post_22.html


今年もまた、一昨年と同様の2軒の植木屋(やや爺さんと中年の親方職人)
が出ていたが、なぜだか小さな花の鉢植えが多く、
木が欲しくて化粧もせずに帽子かぶって
まるで「夏を待ちきれなくて〜♪」(TUBEではなく新井薫子のほう)な気分で
駆け足で出かけた私には、少々残念な品揃えであった。
その中で、唯一、目を引いたのが、ブルーベリーの木。
私の背より少し低い程度のサイズなので木とは呼べないかもしれないが、
何となく将来有望株な気がした。
「これを育てるのに何か気をつける点は?」と中年のほうの職人に尋ねると、
「あれ、奥さん〜前にもそういうこと聞いてきたよね」と言う。
はい、でました、今年も健在、“奥さん” 呼ばわり。
それもさることながら、一昨年に私が訪れたことをこの職人は覚えているとは。
奥さんにしては、まるで刑事のように鋭い(されどノーメイク)視線で
突っ込んだ聞き方をする変わったヤツだと印象に残っていたのだろうか。
しかしなあ、植木を買うのに、普通はそういう質問しないものなのかしら?
みんな植木に詳しい人たちばかりで、私の質問はくだらな過ぎるのか。
結局、今ひとつ有益な情報を得られないまま、
「奥さん、はっきり言ってすごいお得だよ、これは。
  秋には実がなって食べられるよ」という
セールストークに押されるようにして購入。


家とは目と鼻の先なのだが、
ペンしか持ったことのない奥さんことワタナベは
とても持ち上げられない。
一昨年同様、若い衆(これまた同じ人)に運んでもらう。
青年は、お笑い三人組ロバートの馬場という人に似ている。
一緒に歩く道すがら、私はブルーベリーの育て方に関するいくつかの質問を
彼にしてみた。肥料は?水は?日当りは?
実のなる木だ、しかもまだ一人前とは言えない若い木だ。
結構難しいのではないか、不安なのだ。
しかし馬場ちゃんは「そうですねえ、まあなんつぅか」と歯切れが悪い。
わかったことは「僕は仕事中、喉が乾くと(自分の所の農園の)ブルーベリーを
ちょいちょいつまみます、鳥も狙ってるんすよね」。

職業柄なのか持って生まれた気質からか、
その道のプロから話を聞き出すのが好きだ。
しかし、どうも、植木職人の取材には、まだまだ修業が足りないようである。


追伸:秋に実ると言っていたが、ブルーベリーって夏じゃなかった?





2014年4月16日水曜日

特別な意味

着なくなった洋服をさほど迷うことなく捨てられる人とそうでない人がいる。
私は後者だ。
断捨離したいと思いながらも、何年も前の服が捨てられない。
加えておそらく物持ちがいいほうなので、
着ていない服だけでなく、ずっと着ており捨てられない服も多い。
特に、家で着るカットソーとかTシャツのたぐいは、
ヨレヨレになってきたくらいが着心地が良いのである。
「あなた、その服で電車に乗れますか?」を
捨てるか捨てないかの目安としたら良かろう、と思う。
思うのだが、「乗らなきゃいいのさ、ハハン」とすぐに開き直る。
「あなた、その服で宅配業者の訪問に出られますか?」が身の丈基準か。
(おかしな格好はエプロンで隠すという技もあるのだが)

物持ちの良さは、こんなところにもあらわれる。


詰め替え容器、ずっと昔のものをくり返し使用してきた。
久しぶりに容器ごと購入してみたら、
デザインの今昔に感慨もひとしおである。
ロゴの書体も変えてしまうものなんだなあ。
前のほうがふんわり感が表現されていていい気もするのだが、
野暮ったいってことなんだろう。

しばらく見ていると、「アクロン」ってどういう意味なんだ?と気になってきた。
ライオンのホームページを見たら、
「特別の意味はないが、当時、化学繊維が増えつつあり、
化繊の代表としてアクリルとナイロンから生まれた造語」だとある。
特別の意味はないが、と言っちゃうところがライオンさん、すごいねなんだか。
アクリル+ナイロンが商品名だと知ると、
 アクロンなら毛糸洗いに自信がもてます〜♪ by 小堺一機
は、ウール100パーに対しても自信もてるの? とやや心配になるが。
一方、柔軟剤「ソフラン」はソフトでランランな気分から、だそう。
こちらの場合は、特別な意味があると言えるのか否か。

昔のアクロンと今のアクロン、パッケージもロゴ書体も変わっているのに、
アクロンというものに対しての消費者のイメージは変わらず、
買う時に迷うこともない。
私たちは何をもってしてアクロンはアクロンだと見分けているかというと、
おそらくはその名前とピンク色にある。
アクロンたらしめるに最も重要である名前が、
しかし特別の意味はない、のだ。

その昔ポピュラーだった「エメロン」、これもライオンの製品だが、
こちらは女性的なイメージから宝石のエメラルドを取って、
「エメラルド+ライオン」でエメロンになったらしい。
しかしライオンの面影は「ン」しかないではないか。
なんでロンなのだ。「観音(かんのん)」のような連声的変化か。

洗剤の「トップ」は常に最高の洗浄力を目指すから、
キッチンペーパーの「リード」は一歩先行くキッチンライフからと、
ライオンには頂上系のネーミングもしばしば見られる。
いま、もし最新の洗剤が出るならば「レジェンド」、
ペーパーなら「KAMI(神)」あたりはどうか。
と思ったが、洗剤の「アリエール」(P&G)は
ヘブライ語で「神」の意味なんだそうだ。
ああそういえば生理用品で「Megami」(大王製紙)もあるのだった。


洗剤のCMで、汚れ落ちを比較するパターンが昔からある。
(ライオンの競合、花王のアタックなど)
あれを見るたび、JAROに言いつけてやりたくなる。
自社従来品はまるで汚れが落ちていないのである。
少し前まではその製品で「真っ白になる」と宣伝していたはずなのに、
過去のものとなった途端、黄ばみだらけの仕上がりを悪びれもせず見せている。
詐欺にはならんのですかね? 
と、そんなくだらないところに憤慨する自分は
なんて生真面目で小さい人間なんだろうと、
洗剤CMのせいでなぜかムダに軽く落ち込む。


ところで、衣類の洗濯表示に、40℃などの温度表示がされている。
私はこれが適正温度だと長らく思っており、
しかしそうではなくて、限界温度だと知った時にはちょっとした衝撃だった。
衣類から話がそれるが、ごく最近に知ったことで同様に驚いたのは、
掃除機のコードの黄色テープの意味だ。
赤色はコードの限界、黄色は間もなく限界を知らせるものとばかり思っていた。
しかし、テレビのバラエティ番組で、
実は黄色の意味は「電気コードをここまで出してください」だと言うのだ。
電機メーカーの人がインタビューにそう答えている。
コードを充分に引き出さずに掃除機をかけると、
内部で熱を持ってしまうのだと。
その事実に驚くとともに、それならばなぜ、黄色(=注意信号)を
採用したのだ?という疑問がわいたのだが、
テレビの取材ではそこには触れていなかった。
ここまで出しましょう、なら青色のほうがふさわしいのではないか?
テレビはどうしてそこんとこ、突っ込んで聞かないのだ〜??

気になって仕方ない私は、自分の掃除機のトリセツを見てみた。
「黄マーク以上出さないでください(断線の原因になります)」
どういうことだ。
黄色は限界の印ではないか。
ここまで出してくださいとはどこにも書かれていないぞ。
メーカーによって解釈が違うのか?
限界なのであれば、なぜ黄色ではなく赤色にしないのか。
黄色がストップならば、じゃあ、赤色まで出すとどうなるのか?
赤色については・・・何も触れられていない。
何かよほど、特別な意味があるのだろう。



2014年4月9日水曜日

IKEAよ

先月末、久しぶりにIKEAに行ってきた。

これから山場を迎えるスパイスのレシピ本の編集、
スパイス料理の試作の日々が始まる。
まずはスパイスを多種揃えなければならない。
市販のスパイス瓶は振り出すのを前提に小さい穴があいているが、
ラーメンにこしょうを振るような目分量ではなく、
計量スプーンではかる必要がある。
そのため、穴つきキャップは邪魔であり、更にそれをはずしても
口が狭いためスプーンが入らず実に不便なのですねえ。
口が広くて、なおかつあまり大きすぎず、
手頃な価格の瓶はないものかーと探していたところ、
IKEAの商品で発見したのでした。

IKEAは自宅から1時間かからずに行ける距離にある。
オープン当初、ウキウキワクワク出かけ、
店内物色も楽しいことは楽しかったのだが、
どういうわけか結局、購入したのは紙ナプキンだけだった。
そういえば10代の頃、生まれて初めて原宿に行った時に買ったのは
スマイルマークの缶バッチ1個だったなあ。
おのぼりさんが舞いあがっちゃってまともに買い物できないのか、
期待が大きかっただけに現実を知って冷めてしまうのか、
自分でもよくわからんが。




今回購入したのはこちら、2つで299円(消費税増税前)。
とりあえず5セット10個を購入。
安いだけあって、雑な感じではあるがまあ許せる範囲だ。
大さじは入らないのだが、ほとんどのレシピは小さじなので大丈夫。



ついでにこちらも買ってみた。3個999円。
買う時には気づかなかったのだが、
こちらの容器は底にマグネットがついており、冷蔵庫などにはりけられるのだ。
(中身は商品についているダミー写真のまま) 
こうなっていることで便利かな?
まだ中身を入れていないので実感できておりません。


以前、テレビのドキュメント番組で、IKEAの戦略みたいなことをやっていた。
IKEAの商品は日本の家庭では大き過ぎると思われている、
そのイメージを払拭するため、◎㎥にはこんな感じ、と
コンパクトなスペースに家具をおさめた展示法にしているんだとか。
意外とそんなに“すごく大きくはない”のかもしれないが、
でもやっぱり、大きいものが多いと思う。
家具に限らず、例えばテーブルクロス。2000円以下と安い。
しかしサイズを見ると180×240cm、ラベルには横に3人並ぶ6人掛けのイラストが。
わが家のダイニングテーブルは横2人の4人掛け85×150cmで、
IKEAのクロスだと、たっぷり余る。
横3人のテーブルのある家って、果たして何パーセントなんだ?
大きいに加え、壁に打ちつけるものが多いのも、
日本の住宅事情にフィットしていないと思う。

驚いたのは、IKEAには通販代行なる世界があることだ。
IKEAはネット販売していないのだが、
さまざまな業者が買い物代行をしている。
商品は割高で、先のスパイス瓶2個が配送料込み(関東圏)で1680円とかね。
ひぇ〜。
でも、あれか、店から遠い所に住んでいる人だと
往復の交通費を考えたら、1680円でも安いのか。
そこまでしてでもIKEAの商品が欲しいのか。
IKEAは非公認のようだが、横行しているのは黙認されている証拠では。
なんだかなあ。

お洒落な雰囲気でしかも安いというのがIKEAの魅力なのだろう。
でもどうしてか、家具を買う気にはなれないなあ私は。
せいぜい瓶と紙ナプキンで充分だ。
今回も紙ナプキンを購入しました。
(そんなに紙ナプキンってマストアイテムだっただろうか?)