2014年5月30日金曜日

真夜中のドライカレー

おそらく今の私はモンゴロイド2割増状態だろう。
黄レンジャーになっているかもしれない。
レシピ・レシピ・レシピの後、
ここ2週間は連日スパイス料理&カレーの試作・試作・試作。
身体中にスパイスが染み込んでいる。
家の中の空気も物もすべて黄色く染まっている気がする。
ファブリーズ10本くらい使ってもおさまりつかないのではないか。
だからもう諦めて、スパイス無法地帯としている。
スパイスたちにとってはパラダイスであろうな。

黄色いスパイスと言えば、筆頭はターメリック。
匂いこそあまり主張しないものの、色が手強い。
わずかにこぼしただけで、たちまち黄色いシミになってしまい、
手早く掃除しないととれなくなる。
ポリカーボネートのミルの容器はすぐに洗ったにも関わらず、
しっかり染まってしまった(著者のシェフのお店ではガラス製なので大丈夫)。
その結果、レシピの手順を変更し、読者にはそのような被害が及ばないようにした。
レシピの向こうには、こうした犠牲があることを
どうぞお汲み取りいただきたいものですな、なんて。
ちなみに、布にターメリックをつけてしまった場合、
洗って日光に当てると、紫外線の効果で消えるらしい。不思議だなあ。
人間の肌は紫外線でシミになるというのに。

匂いはスパイスだけではない。
スパイスカレーの必須素材として、スパイスの他に頻繁に登場するのが、
G&Gと呼ばれるにんにくとショウガ、そして玉ねぎ。
匂いの最強メンバーである。

玉ねぎショック。この時期、玉ねぎは一斉に新玉ねぎに切り替わる。
新玉ねぎは水分が多く味が薄いため、カレーには向いていない。
これは私にとって、今そこにある危機であった。
本当に、どこのスーパーに行っても、
赤茶色の皮に包まれた冬場の玉ねぎがないのだ。
著者の店では数ケースをキープしてこの時期を乗り越えるという。
1ケース送ろうか?と大変ありがたい言葉をシェフからいただいたが、
大事な商売の玉ねぎを使うのは申し訳ない。

ここもどうせないだろうなあ、と思いつつ、
24時間営業の某スーパーをのぞいてみた。
このスーパーは、不潔感をコンセプトとしている(ように思える)。
店内はいつもよどんだ生臭い匂いがし、通路には段ボールが投げ出され、
店員は愛想がなく汚れた制服を着用し、黒ずんだ爪で商品をつかみレジを打つ、
と徹底したショップ・アイデンティティが貫かれており、
そのため、私がここで買うのは、お菓子とかヨーグルトのような、
密閉され定価がわかっているメーカー商品(で安くなっているもの)だけで、
生鮮食品は買ったことがない。
しかし、なんと、あったのだ、求めていた玉ねぎが!!
この時ばかりは、このスーパーが神のように見えた。
大きな新玉ねぎが1個58円で売られている横で、
小振りで3個入りネット258円もする旧玉ねぎを
嬉々としてカゴにバンバン入れる私。
2週間にわたり全部でいったい何個買ったことだろう。
店の在庫一掃に一役買ったことは間違いない。


スパイス料理&カレーの調理で基本となる手順。
それは、まず鍋にオイルとホールスパイスを入れ、
パチパチと弾けさせ、香りを抽出する。
マスタードシードは飛び散るのでフタで防御、
クミンシードが弾ける音は小さいのでよく耳を澄まし、
香りや色の変化を逃さないよう各神経を集中する。
抽出が最大になったら、玉ねぎを入れて炒める。
じっくりアメ色になるまで、ではなくて、
焦がし焼くような感じに数分程度で火入れする。
それからトマトを投入。
そうそう、トマトも必須の素材。
何個買ったかわからないが、こちらは今、
農協の直売で豊富に売られている時期なので問題なし。
(美味しいトマトを手に入れた時、私は幸せな気持ちになる)
トマトを潰し炒めて水分を飛ばし、味を凝縮させ、
次にパウダースパイスを加え、粉気を飛ばす。
これで味のベースができる。
そこに液体を加え、メインの具となる食材を入れて煮ればでき上がり。
意外と短時間で作れるのだ。

とはいえ、ドライカレーのような、長時間かかるものもある。
玉ねぎ1.4kg、挽き肉1kg。
夕べは3時まで鍋と格闘していた。
大量の玉ねぎに涙目になり、火の熱気で汗だくになり、
試食してまた汗が噴き出す。

昔、夕暮れ時の路地裏で、この家はカレーだな、とわかったものだが、
我が家から発せられるのはインド人もびっくりな本場の匂いだ。
クミン、シナモン、カルダモン、クローブ、
コリアンダー、カイエンペッパー、マスタードシード・・・・
それも一日中、深夜まで。
レシピに書いた調理時間を正確にはかるため、タイマー2個づかいで、
ピピッとコンロ、じゃなくてピピピピッとうるさいし。
どうか通報されませんように。

あと少し。あと少し。ガンバレニッポン、ガンバレアタシ。
そうして、全63品試作をなんとか終えた。
真夜中に食べるドライカレーは、
自分の中のマゾ感覚に最後のムチを打つような、刺激的な辛さだった。






2014年5月16日金曜日

レシピ・レシピ・レシピ

この2カ月間、いや、今年に入ってから今日まで、
私はいったい何をしていたのだろうか。
その大半を椅子に座り、PCを見続けて過ごしてきた。
もちろん、撮影や取材で出ていく時もあるにはあったけれど、
あるいは料理の試作に明け暮れていた時期もあったが、
圧倒的に原稿に向かっている時間が長かった。
人の書いた原稿のチェック、自分の執筆、校正、
一番多い作業はレシピ原稿の作成である。
レシピ、レシピ、レシピ。
1日10数時間ぶっ通しでレシピ作成をしている日もざらだ。
なんだか、自分がひどく不器用な人間の気がしてきて、
「自分、不器用ですから」と健さん風に心の中で呟いてみたりするが、
アレはできる人だから味のある言葉なんであって、
今の自分はただ単に仕事能力が低い人間なんじゃなかろうか、
そろそろ「体力の限界」と引退宣言すべきか、と
3時間に1回の休憩で庭に出て軽くシコを踏みつつ考える。
まだ40代だから働き盛りってやつなんだろうけど、
このところのあまりの忙しさに、燃え尽き症候群になりそうでこわい。
根の部分がナマクラなので、ふっとヒマになった時には
どこまでも自堕落になれるだろう。

レシピの文章というのは特有のものがあり、
一つ一つの表現を気にし出すと、際限なく検討すべきことがあわられる。
例えば、
「フライパンにオイルとスパイスを入れて強火にかける」
「フライパンを強火にかけ、オイルとスパイスを入れる」
「フライパンを強火にかけ、オイルを引き、スパイスを入れる」
など、同じ動作でもいろいろな書き方ができる。
どの言い回しが一番ふさわしいのか、考える。
そして、AならAと決めると、他のページも同じタイプの料理であれば
統一をはかる必要がある。
作り方1・2・3という順も、実際の手順としてどうするのが一番スムーズなのか、
1番でまず、下ごしらえ的な玉ネギはみじん切りにする、トマトはざく切りにする
といったことを書く方法もあれば、
2番や3番でみじん切りにした玉ねぎを入れ、と流して書く方法、
あるいは材料の欄ですでに 玉ねぎ(みじん切り)と書いてしまう方法もある。
できるだけ親切に書きたいが、そうするとレシピの文字量は増えてしまう。
1冊の本で何十品とあるので、初期の頃に書いていたものと、
後半では少しタッチが違ってしまう場合があり(と言っても微妙な違いですよ)
またそこで、どちらの表現にすべきか、と考える。

書き方だけではない。
にんにく1片、ショウガひとかけらというのは何gくらいを指しているのか。
トマト1個と言ってもかなり幅があるのである。
多少違ってもOKなレシピであればむろんいいが、
ある程度厳密さが要求される場合には1個と書くよりg表記したほうがいい。
しかし、トマト1個が何gくらいなのか、パッと答えられる一般の人は
そう多くはない気がするので、何gだけでなく約1個などと書き加えたほうが
見当がつけやすいとも言える。
著者から「27g」のような、一般の人からすると
中途半端な分量が出されることがあり、
できればこれをきりのよい30gにしてはダメか?といった調整もはかる。
普段は買わないような食材をわざわざレシピのために購入して、
使用するのはわずかな量で残りはどうすればいいのか?というのも困る。
ようするに、どこまで親切にするのか、の線引きが難しい。
親切心で文字数が多くなっているのに、見た人からすると
「レシピが長くて難しそう」となり、苦労は水の泡である。
配合や作り方を平易にしていけばいくほど、旨さが置き去りにされる。
と、突き詰めていくとキリがないのであります。

しょせんレシピはレシピ、微妙なニュアンスはレシピではわからない、
と言う人もいる。確かにそうだと私も思う。
思うからこそ、いかにして限られたレシピの中で
ニュアンスを明確に伝えられるか、限界に挑戦しているとも言える。
クックパッドのような、インターネットのサイトで
いくらでも無料でレシピが見られる時代、
わざわざお金を払って買ってもらうのであるから、
素人の投稿の、ゆるく、そして私から見たら
「まずそうだな」「これはおかしい」
と思うレシピと同等であってはいけない。
これくらい徹底してチビしくやって当然、と思うことにしよう。

しかしまたその一方で、従来のレシピの型から抜けて、
もっと新たな表現方法を模索したいとも思う。
限界に挑戦するのではなく、その型を打ち破らないと
クリエイティヴではなくただの事務作業になってしまう。
その先のレシピへ、だ。