2015年8月30日日曜日

やっちゃう人生

週末、Mちゃんとフレンチの夕食をともにした。
Mちゃんは元々は編集者だが、最近は部署が異動になって、
インバウンド関係に携わっているという。

いつだってMちゃんには驚かされる。
彼女は30代で東京に自分の家を建てた。
子供の頃からコツコツ貯めてきた貯金で、土地をキャッシュで購入したのだ。

使う時はドカンと、使わない時は徹底的に倹約、がMちゃんの基本姿勢。
普段、会社の帰りにラーメン屋に寄ると、ラーメンは注文せず、
サイドオーダーの卵かけご飯だけを注文するという。
そうしてお金が貯まると、
話題の高級レストランやホテルに行ってグルメを楽しんだり、
いそいそと海外旅行にでかける。
「来週から仕事が暇になるので、ちょっとウズベキスタン行ってくるね」
みたいなメールを平気で送ってくる。
ウズベキスタンって、伊豆にでも行くような感覚で行くところなんですかね?

海外へは基本、一人でツアーに申し込み、そこで誰かと仲良くなる。
来週からはメキシコに行くという。
ウズベキスタンで知り合った、親くらいの年の女性と一緒に行くそうだ。

彼女が20代の頃、インドに一人旅をした時に、
宿泊していたホテルのインド人オーナー男が彼女の部屋をノックしてきたという。
開けると、お茶を持ってきたので部屋に入れると、
オトナのかんけーを迫られた。
断ると、男は部屋を出ずに、その場で何か一人でおかしなことをしていたという。
そんな話を、彼女はこともなげに言う。
そんな話ならいくらでもあるのだ。


Mちゃんには、旅をする時にいつも決まってはくサンダルがある。
通販の製品で、いわゆるオフィスサンダル、1900円。
これが一番よいらしく、これまで29足同じものをはきつぶしてきた。
近々、それが少し値上がりになると知り、3足まとめて購入したという。
しかしその一方で、6万円のプラダのサンダルもはく。

旅行雑誌の編集部勤務だった頃、
タイアップ記事の袋とじをつけることになり、
「破れないよう丁寧に開封してください」みたいなコピーを
袋とじの隅っこに入れるため、
彼女はコンビニでアダルト雑誌を片端から見て、
どんなふうに書かれているのか研究したという。
袋とじ部分をじぃーっと凝視しては、また次のアダルト雑誌に手を出す女子。
周囲の男性諸氏はどう思っただろうか。

また、ある時は、ラブホテル街エリアを地図に載せたらいいのではと考え、
人気まばらな早朝に、画板を首からぶら下げて、
ラブホ街をウロウロしてホテルの位置を調べて書き込み、
出てくるカップルたちに怪しまれたそうな。
でも、その地図を掲載した本はよく売れたらしいから、
Mちゃんのアイデアは当たりだった。

テレビをつけたら、偶然にもそこにMちゃんが映っていた、ということが過去2回あった。
旅行雑誌編集者としておすすめ情報のコメントを、
明石家さんまら有名タレントを前にして語っていた。
彼女から放映を知らされて観た番組もある。
おしゃれな狭小住宅を紹介する番組で、
Mちゃんはリポーターのミスターちんをガラス張りの浴室に案内し、
「このお風呂エロいでしょ〜」などとかまし、
「人によるでしょーが」とミスターちんが若干キレ気味に答えていた。
実際には、彼女はもっとたくさんしゃべったが全部カットされていたらしい。

なんだか下ネタ系のエピソードばかり書いてしまったが、
その方面のみでおもしろいということでは決してない。

どうしてそんなにいつもアクティブなの?と私が聞くと、彼女はこう答えた。
「生き急いでいるのかもしれない。
 私、自分が長生きすると思えないんだよね。心臓弱いし。
 だから、永ちゃんのCMみたいに、やっちゃう人生。
 やりたいことどんどん早くやらないと、もう先が長くないから」

私には、Mちゃんがおばあさんになって、
相変わらず素っ頓狂なことをしている姿が想像つくけどと言うと、
「ありがとうございます」と彼女は答えた。
しかしそれはあり得ませんからとでも言いたげな、
神様にはっきりと寿命を知らされている人のような表情を見せた。
私はなんだか少し怖くなった。


2015年8月9日日曜日

大阪→津山

関西より帰ってきた。
まだ仕事になるかどうかわからないのだが、
ある人の本を作りたいと思って、その人に会いに大阪へ行ったのだった。
お互い、本を出したいことの意思は一致、
まずは私が企画を考えるということで夕方に別れた。



大阪駅に向かう電車に乗る。
小さい兄妹が母親と乗ってきて、私の横に2人とも座りたそうなので詰めると、
女の子はありがとうと言って座り、さらにもう一度、私の顔を見上げて
「詰めてもらってすいません」と、すいの部分に力を入れた大人のような口ぶりで言う。
東京の子だったら、なかなかこんなふうには言えんよなあ。



大阪の街をブラブラ散策したいところだが、
気温37℃、生命の危機を感じたので断念、
まだ日が暮れていない5時半過ぎ、バルに入る。
直前に美味しいクロックムッシュを食べたばかりで
すでにお腹は半分近くうまっていたが、
バルだから小皿だろうと、3品(茄子・ハモ・鴨)をオーダー、
お酒はモヒートと迷いつつシェリーのマンサニージャを。



店は夜の営業がスタートしたばかりだが、
もう女性同士のペアが3組入っていた。
私のすぐ近くの人は、ノースリーブのタイトなワンピースを着ている。
ショッキングピンクである。





イメージで語られるコテコテな大阪女が、しかしこうして本当にいるのであるな。
「ゆーこはなあ」と自分で自分の名前を呼んでいる。
「あんなあ、ゆーこはなあ、結婚が仕事!」
ゆーこはモヒート2杯をさっさと飲み、出て行ってしまった。

仕事に戻るのかな。

サービススタッフの男性に
「なんか、久しぶりですよね」と言われる。
いえ、初めてですがと言うのが申し訳なく思う私って

見かけによらず優しい女だよね。違うのか?

小皿と思いきや結構ボリュームのある料理だったため、
2皿目後半からきつくなってきたが、結局は3皿目まで完食。
膨れた腹をさすりつつ歩いてホテルまで帰る。

人通りの激しい街角のコンビニの前に立っておにぎりを食べるOLがいる。
さっきも同じ場所で違うOLが
おにぎりだったかパンだったかを食べる姿を見た。
これも大阪女子のスタイルなんだろうか?




翌日は、岡山県津山市に住む友人Yちゃん宅を訪ねるため、
大阪駅から高速バスに乗った。

バスは約3時間で2750円
電車だとたいして時間は変わらず7000円近くする。

途中1回、パーキングエリアでの休憩をはさむ。
そこで購入したのだろう、斜め前の席に座る男が
普段見たこともない油っぽい変なせんべいをザクザクとむさぼっている。





食べつつむせている。中年の証拠である。
袋の底にたまったカスもすべてむせながら平らげた後、
なぜか機内食のタイプのカップに入ったミネラルウォーターを一気に飲み、
最後の最後の1滴が口中に滴り落ちるまでじっと仰ぎ待って完璧に飲み干した。
そして、前の席の人が引いていたカーテンの端の裾と、窓下の布部分に、
まるでその質感を確かめるような手つきで、油の指を何度も拭いていた。


渋滞があったせいで、津山駅には予定より25分オーバーして到着。

Yちゃんは小学校から同じ、地元・横浜の友人だ。
旦那氏の故郷の津山に引っ越してからも、
彼女とは横浜に帰郷の折に会っていたが、
こちらの家は10年前の新築時以来、2回目の訪問だ。
寝そべることもできる広さの玄関、
彼女が見立てた可愛らしいインテリアのLDKの雰囲気などは変わらない。
変わったことは、トイプーちゃんが家族に加わっていることと、
一人娘のMちゃんが、舟木一夫が歌う高校3年生に成長していたことだ。
彼女は初めてボーイフレンドができたばかりだが、
受験勉強のことで頭がいっぱいで、どうも彼氏にツレない態度らしい。
むしろYのほうがまるで自分の彼氏のように盛り上がっている。
「うちに連れてきて自分の部屋でイチャイチャすればいいのに、なんでそう思わないの?」
などと、母親らしからぬ扇動をくり返している。

旦那氏とは10年ぶりの再会だ。
結婚前の彼氏時代や、津山に引っ越すまでの新婚時代など、
彼を交えて時折一緒に遊んだ。
20代の頃の思い出話をあれこれしている中で、
彼は私が当時住んでいた家についてこう言った。
「暗い照明の部屋で、ちあきなおみを聴いていたよね」
え、いや、覚えていない、何よ、それ。
しかし、そんなふうに彼の中で私の思い出は刻まれ、生き続けるのだ。
そして今日会ったことは10年後、どんな私だったと語られることになるだろうか。


テレビで取り上げられて有名になった津山の煮こごりを食べさせてもらう。
牛スジやアキレス腱などを醤油味で煮て冷やし固めたもので、
パッケージには大きく「秘密」という文字が貼られている。
何かが秘密らしいが、秘密であるということ自体は公言してはばからない。
彼女が店に買いに行った時には、非売品とも書かれていたが、
ステーキ肉と共に、これは?と聞いたら普通に売ってくれたらしい。
ちなみに彼女の一家は、私が今回リクエストするまで
この食べ物の存在を知らなかったという。
地元は広く、日本は狭い。


帰りは、ワタクシ人生初の深夜高速バスに挑戦しました。
津山22:10発のルミナス女性専用号、新宿西口に翌朝6:35着。
このバス、スタートは倉敷より南に位置する下津井からで、なんと18:40発、
最初から乗っている人は12時間もの長旅である。
それで1万200円、安いには違いないが、
岡山から東京まで新幹線で3時間20分1万6300円であるから、
いまひとつバスのメリットが感じられないのであるが。
津山は現地での最後の乗車駅になり、9800円。
私は事前にネットで購入したため早割が効いて8820円だった。
津山の場合は岡山空港や岡山駅に出るのに時間がかかるため、
このバスはなかなか重宝する手段かもしれない。

車内は横一列につき3席で、席間に空間があるのと、女性のみのため、
隣の人のストレスはさほど感じない。
私は後ろから2番目の窓側だった。
一番後ろの席は誰もいなかったため、シートを心置きなく倒せられて良かった。
筒状に丸めて袋に入れられる薄手のダウンジャケットを冷房対策で持参したのだが、
備えつけの毛布があった。
これがかなり厚みのあるもので、むしろ暑すぎるくらいだ。
ダウンの筒はクッション代わりに腰の後ろに置いた。

乗ってすぐに休憩パーキングエリアに到着。
ここ以外、もうどこにも止まらないという。
運転手の交代のために止まることは止まるけれども、
お客さんは降りちゃダメだという。
バスのトイレは中央付近、カーテンで覆われた半地下にある。
サービスのコーヒーや水なんかもその階段脇にあるという。
パーキングエリアを出発すると、もう消灯時間となった。
窓にはカーテンがぴっちり留められており、外はまったく見えない。
そのため車内はほとんど真っ暗闇だ。
私の座席からトイレまでは遠く、
寝ている隣の人をまたがなければ行けない。
かなりのプレッシャーである。
コーヒーなんてヘタに飲んで尿意をもよおしたくはないし、
暗闇の中、コーヒーを上手く席まで運ぶ自信もない。
もし眠れずにスマホでも見たい場合には、毛布を被って光を遮らないとダメだ。
飛行機であれば、たとえみんなが寝ていても、
自分一人、本を読んだり映画を観たりできなくもないし、
トイレだって、8時間ぶっ通しで隣人が寝ているなんてことはないので、
タイミングをうまく見計らえる。
だから、ここではとにかく寝ちまうより他ない。

夢半分、現実半分で私はおかしな気分になっていた。
ここは鶏舎で、私たちは卵を産む鶏だ。
私たちは女工作員だ。
私たちは誘拐された。
私たちは生きたまま間違って霊柩車に乗せられた・・・。


新宿には予定より1時間遅れの7時半過ぎに到着した。
途中、渋滞があり、通常とは違うルートを通ったという。
運転席背後のカーテンが開けられ、フロントガラスからは
眩しい朝日が差し込んでいるものの、
誰もサイドの窓のカーテンを開けない、そのような指示もない。
一番奥にいる私には、まだ現実に戻るための光が足りないが、
とりあえず助かった、という気になった。


降り立った新宿西口の高速バスターミナルは、
平日の金曜ながら、これから旅に出ようとする夏休みの人たちでごった返していた。
私は人波をかき分け、トイレに直行した。