2013年7月21日日曜日

キャラじゃないでしょう

先日、あるオフィスでミーティングがあった。
私は長テーブルの隅に座っていた。
ふと、眼の端に何か動くものが見えた。
黒いボールのようなものがさーっと転がっていく感じ。
ネズミだった。
もう1回言うけど、場所はオフィスだ。
私は叫びそうになった。
けれども、ちょうどその時はエライ人が
重要な話をしているところだったので、グッと堪えた。
ハッとしてグッである。
とはいえ、何かただならぬ雰囲気を醸し出してしまったようで、
みなが「ん?」という顔をするので、
「ネズミがいま、通り過ぎて行きました」と報告したら、
やはり大騒ぎになり、
ある者は段ボール紙、ある者は虫退治のスプレーなどと
わけのわからないものを手にし、
ネズミが隠れているはずのキャビネット周囲を恐る恐る取り囲む。
エライ人は別の腰高キャビネットの裏側にまわり陣地確保したうえで、
そっちだ、いやこっちでは、など指令だけ飛ばしている。

そこへ再び、姿をあらわしたネズミに
思わず私は「きゃあ」と声をあげてしまった。
すると年下の男性が「そういうキャラじゃないでしょう」と言った。

こういう害虫退治の場面にやたら強い女子が一人はいるものだ。
私ではない。段ボール紙を持った彼女だ。
それでネズミを追いたてながら、見事にオフィスの外に出した。
ネズミは時々、段ボール紙に乗っかり、
ともすれば彼女の腕を伝い歩きしそうな勢いだった。
「ウワッ〜ちょっとあんた〜」などと叫びつつも手は緩めない彼女。
あとで聞くと、もしネズミにバイ菌がなければ触れる、と言う。
ウシガエルなんかも普通に持てるし、ヘビだって噛まれないならばOKと。
かなりの女ムツゴロウである。

でもおそらく、世間一般的に見たら、
彼女がもし「きゃあ」と言っても何とも思われないに違いない。
言いそうな風貌の人だからだ。
一方、キャラじゃないと言われた私は、
しかし子ども時代でも小さなアマガエルが限界であり、
ウシガエルなぞ持たされたら気絶もんだ。
幼い頃、動物園で父親に肩車され、
キリンにエサをやろうとして長い舌を見て大泣きした。
ゴキブリだって何だって虫はイヤよ、特に嫌いなのはムカデだわ。
想像するだけでも恐ろしくってよ。
ああ、授業のカエルの解剖だって結局できなかったのよ。
と、女言葉で書いてみるも、
「キャラじゃないでしょう」の言葉が追いかけてくる。
こだまでしょうか?

昔、取材でジビエ料理のプロセスシーンを撮影したことがある。
真っ白の毛で覆われたエゾユキウサギ。
今となっては大変希少な野ウサギだ。
耳を持ち上げてうれしそうに笑うシェフ。
毛皮はズルリとむかれ、鮮やかな手つきでさばかれていく。
「きゃあ」な女子だとひょっとして吐き気をもよおすのではないだろうか。
私は、まるきり平気というわけでは決してなく、
最初はかなりギョッとしたのだけれど、
これは仕事であり、ウサギは食べものである。
きゃあきゃあ言うのはただ迷惑なだけ、と思い、耐えた。

スペインへ取材に行った時、
肉の解体工場を見学し、次に仔豚の農場を訪れ、
その足でレストランへ行き、部位別のテイスティングという日があった。
解体工場はとても近代的で清潔だった
(と殺場ではないので、すでに血は抜かれて開かれた状態)
それでもやはり独特の匂いが漂っており、若干ウッときたのだが、
同行している現地フードコーディネーター(同い年の欧米人女性で今では友人)が
長い髪を慣れた手つきでさっと束ね、堂々とした態度であるのを見て、
なんだか私も負けてられんと、平気を装った。
カワイイ仔豚を見た直後のテイスティングも、一応普通にこなした。

本来の私は、ひ弱まではいかないが、
やや「きゃあ」なキャラなのだ。
しかしそうやって仕事で鍛えられ揉まれるうちに、
そこそこ強いくらいにまで引き上げられた。
ただし食べものと認識しているもの限定であり、
虫やは虫類、両生類などは別だ。
最近、FAOの報告により昆虫食が注目されており、
虫だって立派な食べものだと怒られそうだけれども、
今のところそっち方面の仕事はなく、
どうにもこうにも未だ「きゃあ」なままである。

ほ乳類のネズミは本当のところどうなのだろう。
ペルーだと、テンジクネズミのクイはごちそうだそうだし。
現地に行きたいと思っている私は、いずれ食べる時が来るだろう。
ネズミ騒動の最中、私はふと、
20年以上前に読んだ『アルジャーノンに花束を』を思い出して
あの小説おもしろかったなあ、なんてぼんやりした瞬間があった。

今、もう一つ思い出した。
カエルの解剖で、私より先に「きゃあ」となって
真っ青な顔で貧血を起こした美人のクラスメートがいた。
すると、生物の男性教師が彼女を抱きかかえるようにして保健室へ誘導した。
カエルもイヤだが、あの先生に抱きかかえられるのはもっとイヤだと思い、
私は何となく解剖しているフリをしてやり過ごしたのだった。

ふむ。そうすると私は、仕事がどうのとか関係なく
もともと「きゃあ」のキャラじゃなかったのか。
結構冷静なもう一人の私がいつもいるではないか。
でも、「キャラじゃないでしょう」と言われた時、
なんでちょっと不服な気持ちになったのだろう。
「そんなカワイイ(女らしい)キャラじゃないでしょう」
と言われている感じだからか。
「きゃあ」なキャラだと思われたいのだろうか。
ウサギも解体工場もカエル解剖も、本当は「きゃあ」なのに
そうしたくないほうが勝って自主的に口をおさえているのだから、
キャラだと思われたいわけでもないだろう。
じゃ、自然に出た「きゃあ」を小芝居だと思われたのが悔しいからか。


そんなふうにどうでもいいことをあれこれ考えるのは
乙女だからでしょうか。ただの理屈屋でしょうか。




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