2013年12月17日火曜日

お嬢様の自転車は・・・

いつものように、喫茶店でスペイン語の先生を待っていたら、
となりに若い男1人と中年の男2人が座った。
私は予習に集中していたが、耳には勝手に会話が入ってきてしまう。
どうやら、タクシーの運転手が交通事故を起こし、
大学生にケガをさせてしまったらしい。
私はあくまで予習に没頭していたが、
単語をそらんじる際に一瞬顔をあげると、
ギプスでかためられた右腕が目に入った。
中年男の1人は保険会社の人で、
もう1人はおそらくタクシー会社の担当者(加害者本人ではない様子)。
テーブルには文明堂のカステラか、菓子折が置かれている。
私は電子辞書で単語を調べてはノートに書きつける作業を決して怠りはしないが、
耳にはまだゆとりがあるようで、情報が同時進行で入ってくる。

保険員「で、その時に乗っていた自転車ですが、おいくらくらいでしたか?」
学生「2カ月くらい前に買ったばかりだったんですけど、8万ちょいです」
保険員「全治4週間ということで、バイトもその手じゃできないですよね、
失礼ですがこれまでだいたい月いくらくらいもらっていたんですか?」
学生「そうですね、22、3万くらいですね」

はぁ〜。8万の自転車に22万のバイト代、すごいもんだねえ、近頃の学生は。
どのくらい働いたらそれくらい稼げるのだろう。
そして、それが保険で補われるらしく、請求のための書類を渡している。

保険員「ではまた後ほど、詳しくは先日のようにご実家のお父様に電話して・・・」
学生「はい、ボク、こういうのよくわからないんで、親に伝えてもらえれば、
親がボクに説明してくれますんで」
保険員「ちなみにお父様はおいくつでしたでしょうか?」
学生「52、3くらいです」

お父様が噛み砕いて説明してくれたらボクはわかるようになるのか。
バイト代も父親の年齢もなぜか下ヒトケタは2、3とリンクしている。
そして、私は父親とそんなに大きな年の差がないというか、
この青年が私の子であってもおかしくはないのだなあ。



あれは私が20代、すでに社会人で一人暮らしを始めたばかりの頃。
仕事の帰り、地元の駅に着き、路上の自転車置き場に行くと、
ガードレールと、管理人の小屋、そしてわが自転車が
ぐっちゃりとひん曲がっていた。
一目で、車が突っ込んだ事故の跡とわかる。

派出所が目と鼻の先だったので、とりあえず行ってみた。
「あのー、そこに駐輪していた私の自転車が・・・」
「ああ、君の自転車か。この人がやっちゃったの」
泥酔して机に突っ伏している30代くらいのサラリーマンを指差して
警察官は呑気にそう言った。
するとそこに、身重の奥さんが血相を変えて飛び込んできた。
「ちょっと、やだあ、あなた〜どうしちゃったのよ!!」
半泣きの妊婦と、どうかしちゃった夫。
なんだ、この、寸劇風な世界は。
はたまた“警察密着24時”なんかで見かける光景。
さて、私はどんな役まわりか、ここは一つ、ヒステリックに怒るべきか?
が、後日、保険会社から連絡が行くから
とりあえずいったんお帰り下さい、というあっけない結果に。
奥さんは私に平謝りし、「お嬢様を家までお送りしないと」と言うが、
何しろ相手はお腹が大きいし、かなり動揺しているし、
お嬢様って響きは何だかちょっといい気分うふふで、
「私は大丈夫ですから」と断った。
いつもならチャリで突っ走る人気のない夜道を20分かけて歩いているうちに、
やはりお嬢様は送ってもらうべきだったのでは、
どうせならパトカーに乗りたかったと後悔した(乗せてくれるのか?)。

この件を母親に話すと
「保険会社から電話があったら、自転車は新しいと言いなさい」
そんなに新しくはなかった気がするが、
大人の世界はそういうものなのかとよくわからない私は言われた通りにした。
すると後日、保険会社から再び電話がかかってきて、
「当社が査定したところ、数年は経過したものと思われます。
 が、加害者側より、全額弁償するとのことですので、
 新しい自転車を購入後、領収書をお送り下さい」
嗚呼、かーさんよ、汚れちまった悲しみに。金の斧をやっちまったぞよ。


そんなことを思い出していたら、
彼らは打ち合わせを終え、中年2人が先に去っていった。
青年はスマホで(おそらく今の出来事を親に)メールしてから席を立った。
左手にはコーヒーカップ、右手のギプスには菓子折の袋をぶら下げて。

入れ替わりに高齢の男性が座った。
コーヒーを飲みながら、老人は持参したせんべいをテーブル下に隠しつつ1枚食べ、
続いて羊羹も食べた。

私の先生がやって来た。本日の社会勉強はおしまい。



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