私は、暗闇で、寝ている。
横になってはいるが、眠れない。
私の冷たく小さな足を、父の温かく大きな足がはさみ込む。
「あるところにギーギーとガーガーがいました」
父の即興の愉快な物語。
私は、暗闇で、寝ている。
深く寝たような、夢うつつだったような。
今は果たして何時なのか、わからない。
玄関の音がする。
父が帰ってきた。
母が私の容体を報告している声がする。
部屋のドアが開き、光が差し込む。
私は寝たふりをする。
父の冷たい手が、私の熱い額にあてられる。
何も言わず、光のほうへ、スーツの背中が去っていく。
遠い、昔の思い出。
昨日の明け方、不思議な夢を見た。
母が、純白のウエディングドレスを着ていた。
若い頃の母ではなく今の母だった。
父もいたが、どんなだったか、起きた時には忘れていた。
ちょうどその頃、父は永遠に旅立った。
父はいま、白い真綿に包まれて、横たわっている。
私は、おそらく初めて、父の額に手をあてた。
私の手は少し冷えていたけれど、それでも父の額よりは温かい。
私の手は少し震えていたけれど、父の額は微動だにしない。
私はいままで父を温めてやることはできなかったし、
これからは、まったくできない。
どうか、父の眠る場所は闇の中ではなく、光の中であるように、
ただ、そう祈ることしかできないのです。
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