2015年11月19日木曜日

祈り

私は、暗闇で、寝ている。
横になってはいるが、眠れない。
私の冷たく小さな足を、父の温かく大きな足がはさみ込む。
「あるところにギーギーとガーガーがいました」
父の即興の愉快な物語。

私は、暗闇で、寝ている。
深く寝たような、夢うつつだったような。
今は果たして何時なのか、わからない。
玄関の音がする。
父が帰ってきた。
母が私の容体を報告している声がする。
部屋のドアが開き、光が差し込む。
私は寝たふりをする。
父の冷たい手が、私の熱い額にあてられる。
何も言わず、光のほうへ、スーツの背中が去っていく。

遠い、昔の思い出。



昨日の明け方、不思議な夢を見た。
母が、純白のウエディングドレスを着ていた。
若い頃の母ではなく今の母だった。
父もいたが、どんなだったか、起きた時には忘れていた。
ちょうどその頃、父は永遠に旅立った。

父はいま、白い真綿に包まれて、横たわっている。
私は、おそらく初めて、父の額に手をあてた。
私の手は少し冷えていたけれど、それでも父の額よりは温かい。
私の手は少し震えていたけれど、父の額は微動だにしない。

私はいままで父を温めてやることはできなかったし、
これからは、まったくできない。

どうか、父の眠る場所は闇の中ではなく、光の中であるように、
ただ、そう祈ることしかできないのです。



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