2014年8月9日土曜日

朝の電話2

一昨日、再びの朝の電話が鳴った。
母からだった。
前夜のメールでは、うまく行けば、
月曜あたりに退院できるかもという話だった。
「今、病院からなんだけど、お父さん、大量に喀血してね、集中治療室入った」
朝の電話は心をざわつかせるが、
朝4時前に病院からの電話で呼び出された母はもっと驚いただろう。

「喀血って何それ・・・」
「前からちょいちょい喀血はあったんだけどね」
「ええっ?」
本当にうちの親は何も子供に報告しない。
前々から肺の病を患っており、今入院している病院に通院していたのだという。
腎臓系の疾患で入院したのだが、
呼吸器科のいつもの医師に主治医が切り替わった。

「とりあえずもう大丈夫になったから、あんたは今は来ちゃダメ」
と言い残し、電話は切れた。
私は自分が幼稚園児くらいに思えた。

昨日、実家へ母の食事を届けた。
それを食べた後、一緒に病院に行くことにした。
昨日はダメだと言った母も、やはり一人の見舞いは心細かったのだろう。
父は、無数の管を通された状態で横たわっているのだろうか?
どんなふうに声をかければよいのだ?

集中治療室にはもういなかった。
その近くの病室に移されたところで、
父は点滴や酸素の管などをつけてはいるものの、自分の足で立っていた。
ホッとする母。
この2〜3日の出来事を私に報告する父。
すでに母から聞いている内容。一言一言を発するのがのろい。
しかし、父はしゃべりたいようなので、じっとただ聞いた。
久しぶりにまじまじと見つめ、父はこんな顔だっただろうか、と思う。
自分の中の父親は、おそらく50代くらいの頃のイメージで
とまっているような気がした。


トイレで大量に血を吐いた時に、つい流してしまったが、
「なんでそこでナースコール押してくれないのか、血を見たかった」
と看護師に言われたという。
人の汚物を観察したり処理したり、体を拭くなどを
厭わない看護師たちに、尊敬と感謝の念に堪えないと父。
「ほんとに。赤の他人なのにねえ」と私が相づちを打つと
「身内だってできないよ、おまえには無理」と言う。
その通り、私には看護師の仕事などまったくできないと思うが、
もしも親が要介護となったならば、どうなのだろうか。
無理ときっぱり言われ、集中治療室に来るなと言われ。
子供に迷惑かけたくない一心なのだろうけれど、
この子なら、まかせてもきっとやってくれるだろう、
という信頼がされていないような気もする。

入院の書類に、保証人として私は捺印した。
どんなことがあっても、どんなささいなものでも、
人の保証人にだけはなってはいけないと両親から口うるさく言われてきた。
それがいま、初めての保証人、初めて親の保証人になっている自分。
朝の電話にビビっている場合じゃないのだよな。




0 件のコメント:

コメントを投稿