2013年10月28日月曜日

いろんなもの食べなきゃ

エルサレム旅日記1で、トルコ航空の機内食、
間違って、ベジタリアンオリエンタルミールを選ぼうとしていたと書いた。

http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/1.html


この時はそれがどんなものがわかっていなかった。

アジアンテイストの野菜料理かと思っていた。
後で調べてみると、
菜食主義で、なおかつ
五葷(ごくん)と呼ばれる食材(にんにく、ニラ、ラッキョウ、玉ネギ、ネギ)は
とらない人をオリエンタル・ベジタリアンというのだそうだ。
もともと東洋の仏教信者の食事からきているらしい。
ビーガン(動物性食品を一切とらない、乳製品やハチミツも。vegetarianからvegan)は
知っていたが、オリエンタル・ベジタリアンは知らなんだ。
他にも、ラクト・ベジタリアン(乳製品はとる)、
オボ・ベジタリアン(+卵)、ラクト・オボ・ベジタリン(+乳製品・卵)、
フルーツやナッツ、トマトなど、それを食しても植物自体の生命を奪わないものだけを
食べるフルータリアンという主義者もいる。


私の友人(女)で、逆に野菜をまったく食べないという人がいる。

子供の頃からで、ときにはがんばって口にしてみたこともあるが、
本当に吐きそうになって身体がまるで受けつけないという。
私は野菜不足がしばらく続くと不調になるが、
彼女はとらずに今日まで40年以上生きてきて、
それで特に問題が(今のところ)ないのだから、
そういう身体の人もいるのが事実なのだ。

自分は何タリアンであるかな。

オバタリアンなぞという、山田くん座布団全部持って行きなさい的な
昭和ベタなことは言いませぬ(←言ってるよ)。
まあ何でも食べるので、オムニボア(雑食動物)ですな。
肉だけ、野菜だけ、フルーツだけ、ではたぶん、耐えられない。
ついでに、“何とかずくし”みたいな単一素材のフルコースも好みではない。


イスラムにおける食の規律では

(食してよいものはハラール、ダメなものはハラーム)、
豚肉、血液、酒、カニ、カエル、カメなどは
食してはいけないことになっている。
海老やイカ、タコ、貝類などはダメではないが、
基本的には食べないらしい。
ユダヤ教の規定はカシュルートといい、
豚や血液、馬、甲殻類、イカ、タコ、貝類などが禁じられている。
乳製品と肉の組み合わせもダメ。

食べてはいけないものが多々決められている人生ってどんな感じだろう。

どんなもこんなも、すべては神の教えであり、
何の疑いもなく、背くこともないのだろうか。


先日、ホテルで取材していた際の話。
外国人客は鉄板焼きや寿司が好きだが、
しかし、例えばピチピチ生きた海老などを見せて
その場で調理するのは要注意、人によっては完全に拒絶するとのこと。
生きていなくても、尾頭つきの舟盛りなんかも苦手な人が多いようだ。
(むろん外国人全員ではない。国や宗教等によっては平気な人もいる)
まあ、日本人も、本当のところ、暴れているのを焼くところを見たり、
踊り食いみたいなことをみんなが喜んでいるかというと、
そんなこともない気はするが、ほ乳類や鳥類に比べたら、
魚介が生命を絶たれる瞬間に立ち会うことは比較的、大丈夫だろう。
どちらも命の重さにかわりはないはずだが、
動物の場合、人間に近い血肉を持っているがゆえ、
かわいそうという情のようなものと気持ち悪さの両方が入り交じって
屠殺場面はむろんのこと、毛をむしったりはいだりなどの解体も
見たくない人のほうが多いはず。


アメリカ在住で、いま、仕事を組んでいる日本人料理研究家にそのことを話したら、

「どの土地でも海に近く新鮮な魚介が手に入る日本と異なり、
 アメリカでは1日かかっても到達しないような内陸の地が多くあり、
 鮮度は当然落ちるため、切り身の冷凍品などが主になる。
 また、趣味の釣り人口が日本は多いが、アメリカではライセンスが必要。
 そうした環境では、尾頭つきの魚は見慣れていない。
 一瞬で仕留めるハンティングと違い、長い断末魔のような状態を見るのは
 食欲減退の何ものでもない」とのこと。
なるほどなあ。

ちなみにホテルの窓からは築地市場が見えた。

築地ツアーは相変わらず外国人客に大変人気があるらしい。
マグロ解体なんかはイヤじゃないのだろうか。
ピチピチ跳ねたりしないから平気なのかな。
自分の口に入る食べものを見に行くというよりも、
ジャングルクルーズのようなアトラクション感覚なのかもしれない。

そんなことをあれこれ考えていたら、
帰りに寄ったスーパーで、
小さな女の子がお菓子を買いたいと駄々をこねていた。
ダメよ、と言う母親に、女の子は
「いろんなもの食べなきゃ大きくなれないんだよっ!!!!」
と叫んでいた。










2013年10月21日月曜日

飛び出す絵本はいかが?

子どもの頃、飛び出す絵本、好きでしたねえ。
今どきは、ポップアップ絵本とか、しかけ絵本というのですが。
ストーリーよりも、いったいどういうしかけになっているのだろう?と
その構造のほうが気になって、ついつい紙を引っぱりこわしてしまったりして。

大人になっても、絵本っていいものですが、
特にしかけ絵本は、さすがにもう乱暴に扱うことなく、
いい子にして見られると思うので、
雨でおそとに出るのがおっくうな日など、
のんびり眺めるのにもってこいでございましょう。

オススメはこちら、私が編集者として仕事させてもらっている、
アノニマ・スタジオより発売してる2冊です。
『オセアノ号、海へ! 』『ナマケモノのいる森で』
タイトル通り、ひとつは海、もうひとつは森を舞台にしたもので、
そのシチュエーションならではのしかけに、
おお〜!! なるほどねえ〜と感心すること間違いなし、
子供よりもむしろ大人のほうがより楽しめる絵本です。




しかけの様子はネタばらしになるのでお見せしたくないけれど、
お子さんや友達にプレゼントしたいから知っておきたい、という方は
こちら「絵本ナビ」さんに詳しく出ているのでどうぞ。

http://www.ehonnavi.net/ehon/90224/オセアノ号、海へ!/

http://www.ehonnavi.net/ehon/82979/ナマケモノのいる森で/



2013年10月14日月曜日

なべころ坂

人生には三つの坂があるといわれている。
上り坂、下り坂、そして、まさか。( ̄∇ ̄) 

いや〜「なべころ坂」なる名前の坂があるとは知りませんでした。
これぞまさしく、まさか! である。
うん?そういう意味ではない?
まあまあ、いいじゃありませんか。

なべころって、なんなんだそのふざけた名前は。
ワタナベとしては、一度見ておかねばならない。
というわけで、行ってみました。

場所は目黒区中目黒4丁目、祐天寺から近い。
このあたりは坂道が多く、
ここがなべころ坂か?いやここか?と勘違いしそうになる坂がいくつかある。


あったあった。坂上に解説が書かれていた。
なんでも、その昔(っていつなのか?)、
鍋が転がるくらい急坂であったことからその名がつけられたそうな。
なるほどね〜、と素直に納得。できないのが私の悲しい性分。
鍋が転がるくらい、という表現は、果たして適切なんだろうか。
もともと丸っこいものだから、そんなに急坂でなくても転がりそうな気もするが。
なんで茶碗坂とか桶坂ではなかったのか。
答えは風のなか〜by ボブ・ディラン。

が、もうひとつの説があり、道に粘土(赤土層)が露出した状態を
このあたりでは「なべごろ」と呼んでいたそうで、そこから変化したとも。
こちらのほうが信憑性が高い気がするが、
鍋がコロコロのほうが日本昔ばなしっぽくておもしろいから、
やっぱり鍋が転がる坂と思うことにしよう。

勾配15%の表示。それも結構な長さがある。
たまたま坂の上に出たから良かった、上るのは少々難儀だろう。

まさかな「なべころ坂」をワタナベが転がるように下りてみましたとさ。
めでたし、めでたし。(人生下り坂とか不吉なことは考えません)

追伸: 坂のふもとには、「中目黒大使公邸」なる立派な建物が。
    世には多くの何とか大使が存在するが、まさか中目黒限定の大使がいて
   こんなにゴージャスな所を与えられているのかーとびっくり。
   鍋の形をしたゆるキャラ「なべころりん」と共にただいま中目黒のPR活動中。
  (もちろん信じないように。各国の大使公邸が集まっているんだそうな) 







2013年10月7日月曜日

秋浅き、となりは何をしとんのじゃ。

今日は1日家で仕事。
朝、窓を開け、新鮮な空気を取り入れる。
庭のオリーブの木は今日も元気だ。
スズメだけでなく、なんだろう、シジュウカラ?みたいなのも
やってきて鳴いている。
キジシロの野良ネコが悠々と横切っていく。
キンモクセイの香りをのせた風がカーテンを軽くゆらす。
ああ、秋ですねえ。

さあて、やるぞー。とパソコンに向かう。すると。

ギャーハハッ!!!!!!!

あんっ? また始まったのか?
勘弁してよ〜。

となりのクソババアである。
あら、いやだ、ワタクシとしたことが、言葉がお下品でした、
となりのご婦人宅から、とんでもない奇声が響いてくるのでございます。

昨年くらいだったか、新婚夫婦に子供ができて引っ越し空いた隣室に
このご婦人が入居した。
入居する少し前の頃、やはり自宅で仕事をしていたら、
見知らぬ中年男と若い女が私の庭先に台車やら土の入った袋やらを置いて、
となりの庭先にレンガを積んで花壇を造り始めた。
うちの庭はちょっと変わっていて、
テラスの先にコンクリートの小径のようなスペースがあり、
隣家と区切る壁はテラス部分までしかない。
だから、野良ネコがその道を通り抜けられるのだ。
しかし一般の道路には面していない内庭みたいな向きのため、
よその人が歩くということはありえない。
その小径までがそれぞれの家の占有スペースとなっている。

花壇を造っていることで、となりに引っ越してくるとわかったわけだが、
なにゆえアタシの庭にいろんなものを置いているのか?
自分たちのテラスの範囲内に置くのが当然ではないか。 
私は庭に出て、苦情を言った。まず一言挨拶があるべきでは?と。
すると、男は慌てて謝り、荷物をどかしながら、
「引っ越して来たらすぐ挨拶にうかがうと思いますので」
と言う。思いますので??
彼らはガーデニングの業者で、住む人ではなかった。

たまたま別の用件で不動産屋に連絡することがあったため、
ついでにこの件を報告した。
すると、不動産屋は、それはいけませんねと言いつつ、
「おとなりは元女優の方がセカンドハウス的に使うためお留守のことも
  多いとは思いますが」
と(他に2、3のことを含め)聞くつもりもなかった個人情報がダダ漏れだ。
ふーん、ガーデニング業者にわざわざ頼むくらいだ、さすが元女優、
お金に余裕がおありなのね、きっと。
しかしこんな何もないただの住宅街にセカンドハウスねえ?

それからしばらくして、となりに人の気配を時折感じるようになった。
が、何週間何カ月経っても、とうとう挨拶には来なかった。
そのため、未だ元女優の顔を知らない。
世間知らずの若者ならいざ知らず、いい年をした女性が
隣人に引っ越しの挨拶をしないとは驚きだ。
私が真面目すぎるのかしらん。

というわけで、スタートから印象が良くないんである。
そこに加えて、この頃、ティーパーチーだか、
元女優を囲んでファンクラブ交流会だか知らないけど、
婦人仲間数人がドヤドヤとやってきては騒ぐのである。

たまにならいい。節度ある談笑ならそんなには気にならない。
あるいは頻繁であっても、窓を閉めてやっている分には、そうそう聞こえないはずだ。
ところが、おとなりは窓全開、そして数十秒に1回大爆笑、
しかもそれが数日に1度くらいの頻度で行われ、午前中から長い日は夕方まで続く。
いったい何がそんなにおもしろいのか?うるさいを通り越して不気味ですらある。
仕方ないからこっちが窓を閉めるハメになるのだ。

しかし耐えきれず、不動産屋にチクッた私。それが2週間前。
すぐに注意するとのこと。
先週はほとんど昼間自宅にいなかったので様子はわからず、
明けて今日、月曜日に、またしても爆笑ティーパーチー開催! なのだ。
キンモクセイの風は、品のない中年女たちの笑い声でトイレの芳香剤に成り下がった。
アタシの秋を返せー。

再度、不動産屋にチクる。
窓を閉め、BGMのボリュームを気持ち大きめにする。
イヤホンにすれば完全に外の音をシャットアウトできるだろうが、
それだと私の場合イマイチ仕事に身が入らない。

心地良い秋を奪われたので、もいっかい夏に逆戻りしようっと。
BGMはこちら、Booker T、Jamaica Song(CMで有名)が入っている「Evergreen」。




明日も自宅で仕事なのだが、果たして大丈夫だろうか。
もしまたウルサかったら?
こちらも負けずに布団叩きで布団叩きながら「か・え・れ」ってやってみるか。
隣人戦争はこうして起きるのでしょうね。




2013年9月28日土曜日

もしもあと1週間で

仕事の合間に表参道のスパイラルマーケットに立ち寄った。
20代の頃、ここは憧れの
オサレーな店の一つで、
いつかはこんな素敵なモノたちに囲まれて暮らしたいと
妄想しながら店内を徘徊するのが楽しみだった。
今はそんな浮ついた気分はまるでない。
ということは、オサレーライフを実践しているんだろうか?
いや、ただ単に年をとっただけだな。
時折プレゼントを買ったり、CDをチェックする程度で
未だたいして買い物せずに徘徊するだけなので、
オサレーライフへの道のりはまだ遠い。

店内を一周半し、今日も特に何も買わず。

しかしその後の仕事まで20分ほど半端な余裕があった。
試食試飲を控えているため、カフェでコーヒーというのもちょっと。
スパイラルビルをご存知の方ならすぐわかると思うが、

しばしぼんやりしたりメールチェックなぞするのに好都合な
ベンチというか椅子が並んだ窓辺のスペースがある。
そこにとりあえず座ってみたら、一つあけて隣に座っていた、
顔の幅が狭くメガネをかけたアラフォーくらい?の外国人の男が話しかけてきた。
英語はできるか?と聞くので
できない、スペイン語なら少し、と答える。
できない、だけではなんだかかっこ悪いというか、
見栄を張って、
聞かれてもいないのに、スペイン語ならという言い訳をつけているのが
いじましい。

すると、その人はスペイン語に切り替えて話してきたではないか。
対応を断ったつもりなのに、ええっ?あら?そうなの。
ならばこちらは必死にスペイン語耳に切り替えて聞き取らないと。
たいしてできるわけでもないのだからにぃー。

自分はスチール&ムービーのカメラマンだ、
世界各地を回って、たった一つの質問をして、
その人の母国語で答えてもらう、というドキュメンタリーを作っているところだ、
協力してもらえないか?とのこと。
彼はイギリスからやってきたが、出身はブラジルだそうで、
だからポルトガル語と近いスペイン語もできるという。

そういう企画についてどう思うか?と言うので、

なるほどとても興味深いですねえ、でもすいませんねぇ、
私は時間があまりなくてこれから仕事に行かなきゃでムニャムニャ・・・
答えていたら、ipadを手渡された。
気づけばもうビデオカメラをまわされている。

おそらく翻訳機にかけたものだろう、ipadの文面は
おおよそわかるにはわかるが、奇妙な日本語になっていた。
それをまず指摘すると、スペイン語で正しい質問内容を言ってきた。


「あなたがもし、あと1週間で死ぬとわかったならば、
 何をしますか? それはどうしてですか?」

1つだけ共通の質問と聞いた時に、おそらくは、
一番大切なものは何ですか、とか、
あなたにとって愛とは何ですか、とか、
あるいは死についての質問だろうと予測したので、驚きはしない。
それに、この質問自体、わりによくある質問とも言えるし。

それでも、やはり、パッとは答えられない。
でも、でも、ビデオは回り続けているから、恥ずかしい。
早く答えなくちゃ。

どんなふうにしゃべったのか、よく覚えていないけれど、
「おそらく、特別なことはせずにいつもと変わらない生活を送ると思う。
 ただ、もう少しだけ、丁寧に過ごし、まわりのみんなに優しくしたい」
というようなことを答えたと思う。

どうしてか、は言うのを忘れた(正しくは、言えなかった)。
彼は日本語がわからないので、私が言い終えたと思って録画は終了。
これをドキュメンタリーに使用することを許可するとかたぶんそんなことが
書かれた短い文面にサインとメールアドレスを書くよう促された。

彼は日本に着いて2日目、私が最初の回答者らしい。
が、初来日ではなくもう5〜6回くらいは来ていると言うので、
だったら日本語が少しは話せるべきでは?
チクリと言ったら、確かに、でも難しくて・・・ってさ。


この質問に対する回答として、リアルを追求したならば、
何をするか・したいかよりも、
恐怖とか悲しみが先立って気が狂いそうになるかもしれない
と言うほうが自然な気もする。
エリザベス・キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』で有名な
否認と隔離→怒り→取引→抑うつ→受容というプロセス。
それを1週間で、いや最初の数日で受容の境地にまで至って、
残りの数日を何かやりたいことをやって過ごす、なんて
とうていできそうにない。

何もできず悶え苦しんで(あるいはただ呆然として)死んでいくだろうと
答えるのもアリではあるだろうが
でも、今ここではそんなリアル感はおそらく求められていない。
質問は「何をするか?」だけれど、それは「自分はどうなると思うか」よりも
「どうしたいか」という希望を指しているんだろう、たぶん。


1週間の命かー。
3日だったら、もっとやりたい放題、
ハチャメチャなことしたいと思うかもしれないが、
1週間はそこそこ時間があるような気がする。
それに、果たしてハチャメチャって何なんだろうか。
日頃やったことのないことを傍若無人にやって快楽を得たいのか、得られるのか?
(死への恐怖を紛らすための行為という意味ではありえるかもしれないけれども)


なんか違うよな。
やり残したと思うことは、そんな突拍子もないことではなくて、
英語がしゃべれるようになるとかオサレーライフみたいな、
いつかそのうちにとナマクラしていたことではなかろうか。
でも、それを実現するには1週間では足りない。
また、それは何が何でもやりたかったのか、欲しかったのか、
というとそうでもないかもしれない。
あるいは、ハチャメチャではないけれども、
生まれ変わらなければできないような願望はある。
しかしそれは命の長さとは関係がない。
だから、結局いつもと変わらない日々を過ごす、と答えたのかな。
今考えると、誰もいない、どこか広大な美しい景色の中で過ごす、のもいいかな。

1週間では足りないけれど、と思う願望は、
じゃあどれくらいの時間があればできるのだろう。
ひょっとすると、一生も1週間もある意味、同じかもしれない。


2013年9月25日水曜日

シェフ100号発売!!

とうとう。ここまで来ました。
『シェフ100号』
長い間、ご支援ありがとうございます。
200号目指してがんばりマス。
ので、100号買って下さい。


2013年9月14日土曜日

エルサレム旅日記6(終)

エルサレム旅日記1
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/1.html

エルサレム旅日記2
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/2.html

エルサレム旅日記3
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/3.html

エルサレム旅日記4
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/4.html

エルサレム旅日記5
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/5.html




9月7日(土)

旅も終わりだ。
帰りの飛行機は12時20分発。
たまたま、記者氏はトルコへオリンピック開催地選考結果発表の取材に行くことになり、
イスタンブールまで同じ飛行機に乗ることに。
空港での出国審査が心配だったので心強い。
彼のオフィスのスタッフが車で空港まで送ってくれるし。

いつものようにホテルの部屋の窓を開けると、
今日は裸男はいなかった。
さよなら。


出国審査の第一関門は空港の車用ゲート。
もしここでスルーできても空港内で確実にチェックがある。
逆にここで車から下ろされ、わきにある小屋で検査を受けたならば、
荷物にシールが貼られ、空港内での細かいチェックはパスになる可能性が高い、と記者氏。
そうか、ならばとっととここでやってくれたらいいかもしれない。
と、心の中で願ってしまったせいなのか、3人とも下ろされ、
パスポートとケータイを取り上げられる。
ライフル銃をぶら下げた兵士が、
ミッフィー人形がついた私のアイフォンを手にしている。
コワイんだかカワイイんだかよくわからない。

一人ずつ順番に小屋に入る。
スタッフ、記者氏、そして私は一番最後だった。
スタッフはパレスチナ人だ。
そのため、ここでチェックされるのは必然のことだった。
彼は淡々と受け入れているように見えるが、
その心中を想像すると、私は哀しくなった。

呼ばれてなかに入ると、記者氏もそこにいた。
私一人ではさすがにかわいそうと彼らは思ったのだろうか?
荷物を検査機に通している間は椅子に座っていろと命令される。
ゲートを通る身体検査、そしてまた椅子に座れと言われた気がして座ったら、
記者氏が「いや、スーツケースを開けろと言ってる」。
あら、やだ、えへへ。間違えちゃった。って、
へらへら笑っている場合では全然ないね。

探知機?で中を探られる。特に火薬類がないか調べているらしい。
コワイというよりも、中身をぜんぶ出せとか言われたら
なんだか恥ずかしいなあ、と思う気持ちのほうが勝っている私。

なんとか第一関門を突破。
61と書かれたシールをペタペタと貼られる。
さあ、どうよ、私は61で合格した人間だぞ。
もう文句は言わせないぜ。

空港内の荷物検査の機械の前に並ぶ。
一般的には、ここで、いわゆる質問責めに遭い、
人によっては機械を通すチェックだけでなく、別のスペースに連れて行かれ、
スーツケースの中身を入念に調べられるという。
しかし私は61番合格者だ。
検査官は小さい(歌手の)プリンス風。
私と記者氏のパスポート2冊を手にして、
それを何度も何度も意味不明なくらいにめくりながら、
どれくらいイスラエルに滞在していたかだとか、質問してくる。
2冊一緒に持っているもんだから、しまいにはたくさんスタンプが押された
記者氏のパスポートを見ながら、その内容を私に質問してきたりして、
このミニプリンス、使えないヤツではないか?という気がしてきた。
その後も、何かいったん機械の裏にいる上司らしき人に判断を仰ぎに行っては
またもどってきて一つ質問し、またあっちに行って、をくり返す。
ヘンなの。パスポートにまた違うシールを貼られる。
機械を通し、記者氏は終了。やはり61番が効いているようだね。
そして私も・・・

あっちへ行け!と奥の検査コーナーを指示された。
ああ無情。61番効果なし。
Why? と言っても、首をヨコにふられるばかり。

スーツケースの中身を、先ほどと同じような棒状の探知機でしつこく探る。
今度は小分けした荷物一つ一つを開けてその棒を突っ込む。
いやだなあ、化粧ポーチから下着入れまで全部だよ。
お土産の中から怪しいと思われるスパイスや、充電器などを別にはじいて、
それはそれでしつこくチェックする。

なんとか終わり、さあもうこれでOKね、と思ったら、
今度は手荷物チェック。記者氏はパスだが、私はつい立ての裏へ呼ばれる。
スーツケースの重量がオーバー気味だったので、手荷物にバスソルトをいくつか入れていた。
スパイスのようなただのビニール袋ではなく、
ちゃんと商品としてパッケージされたものだ。
それを持ち込めない、置いて行けと言うのだ。
あたしゃ、いい加減キレてしまいまして。
ナンデナノカ? ナンデコレモンダイアル? ワタシワカラナ〜イ、
ワタシイヤダ、ダタラスーツケースモテコイ、コレソッチイレルヨ。
という感じに相手には聞こえているだろうが、訴えた。
すると、3人の担当者が集まって、どうのこうのとヘブライ語でやり出し、
最終的には、OK、ハバナイストリップ!! と言われた。
何がハバナイストリップじゃ。ふん。

記者氏いわく、首相と同じ飛行機になった時レベルのチェックでしたねえ、とのこと。
あたし、峰不二子と間違われたのかしら。
3時間前に着いているのに、もう買い物する時間はあまりなくなっていた。

しかし、続きはまだあった。
パスポートコントロールで、担当者は、私のパスポートを見て、私を見て、
パスポートを見て、私を見て、パスポートを見て、私を見て・・・・を
10回以上くり返した。私はどんな顔をしていればいいのかわからない、
あまりにしつこいので、モデルみたいに1カットずつ表情を変えてみたくなった。
そして、となりの壁をたたき、もう一人が顔だけ突き出して、
二人がかりでパスポート&現物の見比べを始めた。
ああそうですよ、私のパスポート、自分で言うのもなんだけど、
かなりいい感じに撮れているんですよ。
そして今の私は、飛行機の長旅に備えてノーメイクだ。
「他に顔写真のついた身分証明証か何か持っていないか?」
車の免許証があったのでそれを差し出す。
免許証の写真は非常にダメな感じで私は気に入っていない。
「OK」
1秒でパスとなった。
心が折れました。

「そんな違うかねえ?なんかおかしい、今の私の顔?」と記者氏に聞いたら
私の顔を見ることなく「別に・・」と言われた。
もう、悟るより他ない。


帰国し、最初に知ったニュースは、オリンピック開催地が東京に決まったこと、
そして、記者氏が配信した、イスタンブール敗れる、であった。

スーツケースを開けると、知らないボールペンがそこにあった。
空港の検査官の置き土産である。