2013年9月14日土曜日

エルサレム旅日記2

エルサレム旅日記1
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2013/09/1.html


9月3日(火)   

6時半起床。3時間ちょいしか寝ていない。
私の部屋は6階。窓を開けると、対面は住宅の建物で、
真向かい斜め下におっさんが二人。
左の家では洗濯物を干し中、
右の巨漢はなぜか裸(下半身はたぶん何か着ていると思われるが見えない)で
パソコンに向かっている。















夕べの水シャワーの一件もあって、
ホテルの朝食には期待していなかったのだが、
おや、いいじゃないか。
ビーツのマリネやピーマンなどのグリル野菜、オリーブ、
ヨーグルトに近いタイプのチーズが数種類、キッシュのようなオムレツ、
ジャガイモのグラタンなど。
パンにつけるジャム類は、メーカーの小瓶ではなく、
タヒニ(練りゴマのようなもの)や甘くないピーナツクリーム、
粗めに刻んでシナモンの香りをきかせたリンゴなどだ。
ジュースはオレンジとレモネード。
ハム・ソーセージなどの肉類は一切ない。
豪華というわけではないのだが、特徴があっていい。
うむ、余は満足じゃ。




水道の件をフロントで伝えると、
修理担当者?に電話をかけた。私には特に何を言うでもない。
ダイニングのサービスの人といいフロントといい、
飛行機のCAと同様、どうも丁重な態度ゼロというか、
かといってラテンのようなフレンドリーさもなく。
イヤな感じとまではいかないのだが、もう少し笑顔が欲しいものですねえ。
その後、エレベーターでばったりシェフと出会ったので、
朝食が良かったと伝えると、笑ってくれたので少しホッとする。
記者氏いわく、エルサレムのレストランの中でも
ここのホテルのシェフはコシェルの料理の腕が良いので
有名なんだそうだ(事前にその情報は知らずたまたま選んだホテルだった)。


まず訪れたのは、メア・シェアリーム地区。
私が泊まっているホテルのある新市街側の北東、
ユダヤ教徒の中でも最も敬虔な超正統派と呼ばれる人たちが住んでいるところだ。
独特の服装、聖書にのっとった生活で、テレビや映画、パソコンなど
外からの情報を遮断した閉鎖的な世界。
ヘブライ語とともに会話はドイツ語系のイディッシュが使われている。
ユダヤ教の教義を学ぶことに人生を注ぎ、
生活の費用はもっぱら国の補助金などで得ているらしい。
避妊は禁止で、子だくさんの家族が多く、よって暮らしは貧しい。
物珍しさで観光客が訪れるが、肌の露出の多い格好でウロウロしたり、
やたらに写真を撮ったりすると、子供が石を投げてきたりするらしい。
ちょっと私も一人では心細かったので、記者氏に案内してもらうことに。


地区に一歩入れば、ああ、本当に別世界がそこにあった。
男は、黒い帽子にクルクルカールの長いもみあげ、黒いコート、白いシャツ、
黒いパンツあるいは短い丈の黒パンツに黒いストッキング。
女は頭をすっぽりスカーフで覆い、黒いロングスカート。
小さい男の子も顔の両サイドの毛がクルクルと長く、女の子は黒いロングスカート。
帽子のせいもあるだろうが男はひょろりと長身が多く、女・子供も痩せた人が多い、
やはり食生活の影響か、車も基本的には使わずよく歩くからか。
(しかし男の中には時折、恰幅の良い人もいるにはいたが)。
怒られないよう、コソコソと後ろ姿や遠巻きに写真を撮る私。
すいません、ちょっとだけ許してくださいと心の中でつぶやきつつ。








聖書を読みながら歩いている人までいた。
が、目立つのは、ケータイで話している男の多さ。
あっちでもこっちでもみんなケータイで話しながら歩いている。
へえ、ちょっと意外。ケータイのような俗世界の極みなアイテムは使っていいんだ?




ともあれ、こんなにも別世界な人々を直接見ることができただけで、
ここまで来た甲斐があった、と思う。

その後、記者氏とわかれ、一人でマハネー・イェフダー市場へ。

市場の前の通りは近年導入されたという路面電車が走る。
















目につくのは、八百屋が圧倒的に多いこと。
ザクロやナツメヤシ(デーツ)の生の実など、ここならではだなあ。
コリアンダー(香菜)やイタリアンパセリのような香味野菜も山積みになっている。
そしてスパイス、ドライフルーツやナッツ類、フェタのような白いチーズ、
ゴマのついた長い輪っか状のパンやデニッシュ・パイ系の甘いパン。
パンにはハエがたかっているが人々は気にしていない。
肉・魚屋はわりに少ない。
















タヒニ屋を発見。
フムス(ヒヨコ豆のペースト)などの中東料理に欠かせない食材だ。
私は自分でたまに作る時にはもちろんタヒニはないので練りゴマで代用している。
本場のものを自分の土産として一つ買っておこう。
店の奥には石臼があり、そこからしぼりとられたペーストが流れ落ちている。
味見させてもらうと、日本の練りゴマよりはさらっとした質感でしつこくない。
濃い顔でちょいイケメンの店員が、
タヒニだけのペーストをパンにつけて食べるのも美味しいよ、
とそのレシピを教えてくれた。
ふむふむ、タヒニと同量の冷水、つぶして細かくしたにんにく、
塩とレモン果汁少々で味をととのえる、と。
私が英語に弱いと気づいたお兄さん、ガーリックと言った後、
「わかるかな、どう言えばいいかな、こういう形をしたもので・・・」と
ガーリックとは何ぞや、をゼスチャーとともに何か違う言葉で
わからせようとしてくれている。
あの、確かに英語ダメですけど、いくらなんでもガーリックくらいは
アンダスタンドなのですよ。
ノートにメモっていたら、
「それ、日本語? 全然わからない、おもしろい字だね」としみじみ言う。
あの、私からしたら、ヘブライ語やアラビア語のほうが
まるきりわからんですけどね。おもしろいものだ。
タヒニは1個500㎖くらいで25シェケル(1シェケル=約27円)。
握手を求められたので応じる。
濃い顔のお兄さんは湿り気のある手だった。






人々の熱気で私も興奮気味のため、喉が乾いた。
ザクロのしぼりたてジュースを買う。小サイズで7シェケル、
まあ、そんなに安いというほどでもないが、
日本で生しぼりザクロジュースは滅多に飲めやしない。
甘酸っぱく、少し渋みのある後味で美味しい。




実は、ユダヤ暦で今年9月5・6日は新年のお正月(ローシュ・ハシャナ)にあたる。
5774年になるんだって。
そのため、この日はみそかだ。
正月などの祝日と、毎週金曜日没から土曜日没までの安息日には、
労働をしてはいけないんだそうで、店などが閉まるのはむろんのこと、
家庭でも火を使った料理さえ行わないようにするため、
人々は買い出しをして仕込んでおくというわけだ。

買い物をしているのは女性ばかりではなく、
むしろ男のほうが多いくらいだ。
先ほど見た超正統派の人や、キッパと呼ばれる小さな丸い帽子を
頭頂部にちょこんとのせている人など。
おっさんたちがこぞってドライデーツを買っているのがなんだかおかしい。
日本のおっさんが干し柿とか夢中で買ったりするの、見たことないものなあ。












種類が少なくあまり美味しそうと思えない魚屋に、なぜか結構な人が寄っていた。
ひょっとすると、新年には魚を食べるんじゃないかな。
スペインでもクリスマスのごちそうに魚を食べると先生が言ってたから。
(後で調べてわかったが、やはり魚料理を食べる習慣があるそうだ。
 家長はお頭を食べるんだとか)





続いて、歩いて20分ほどの旧市街に足を伸ばす。
朝は半袖では少し肌寒いくらいだが、昼前にはもうすでに強烈な日差しだ。
帽子とサングラスで防御するも、照り返しは容赦なく、
そして湿度は日本よりは低いものの、汗がダラダラ出てくる。
すでにかなり歩いているので、日焼け止めはとっくに流れ落ちているな。
おそらくこの旅で、肌は相当なダメージを受けたはず。
やがて浮上してくるシミのことを考えると恐ろしくなってくる。


エルサレムと言えば真っ先に思い浮かぶのが、
金色の岩のドームや嘆きの壁だろう。
岩のドームはイスラム教の預言者ムハンマドの昇天した所と言われる。
が、ドームの建つ神殿の丘は元々ユダヤ教の神殿があった所であり、
西暦70年にローマ軍によって破壊され、西側の壁が残った。
これらは1km四方の城壁で囲まれた旧市街の中にある。
そして、イエス・キリストが磔刑(たっけい)に処されるまで、
十字架を背負って歩いたとされる道(ヴィア・ドロローサ)や、
墓(聖墳墓教会)もある。
うう、見所がありすぎる・・・

8つある城門のうち、ヤッフォ門から入る。
ドームや嘆きの壁に到達するまでにはスーク(市場)を通る。
狭くゆるやかな坂道の両脇に土産物屋がひしめきあう。
スパイスや水タバコ、人々の体臭などが混ざった匂い。
嘆きの壁に行くには、まっすぐ突き当たりまで進み、右折、そしてすぐ左折、と
シンプルな道程なのだが、これまで私が見たこともない不思議な世界に惹かれ、
ついつい左の道へとそれてしまった。
なあに、焦せることはない、あえて迷子になることを私はとことん楽しんだ。
なかに入り込んでいくと、土産物屋だけでなく、
地元の人たちの生活に関わるさまざまな店も混ざっている。

旧市街には、ユダヤ人地区、キリスト教徒地区、ムスリム地区、
アルメニア人地区があり、当然のことながら、
それぞれで店の品揃えや通りの雰囲気が変わる。

イエスが最後に歩いたとされるヴィア・ドロローサを、
信者のツアー客たちが祈祷を唱えながらドドーッと歩いてきたと思ったら、
その先では、イスラム教のアザーン(礼拝の呼びかけ)が拡声器で響いている。
所々で若い兵士が立っている。
所々で老婆が背を丸め座り込み、ブドウやハーブなどを売っている。
土産物屋の店主はみな、店先に椅子を出して座り、
退屈そうにケータイをいじっている。
私が通ると「チャイナ? ニイハオ!」と声をかけてくるが、無視すると、
しつこく追っては来ず、再びケータイに目を落とす。
ミントティーをトレーにのせた出前持ちの少年が私の脇を素早く抜ける。
いったい何を売っているのかよくわからないガラクタに埋もれた店。
ジイーッと死んだように寝ている布屋の店主。
一方で、八百屋は威勢良く「安いよ安いよ〜」みたいなこと(たぶん)を叫んでいる。
なんたる混沌とした世界だろう。











いつまで見ていても飽きないが、明日もまたチャンスはある。
そろそろ、嘆きの壁と岩のドームを見に行かねば。










嘆きの壁の場所に近づくには、荷物検査とパスポートチェックを
受けなければならない。
観光客で行列しており、入るまでに20分以上かかった。
炎天下、熱中症になりそうだ。

嘆きの壁は男女で祈る場が左右に分かれている。
男側のほうが写真的には絵になるのだが(女側はわりにバラバラの服装)、
私は入っていけないので、遠巻きな写真になってしまう。
新年の初詣に向けて、椅子などの準備をしているところでもあり、
雑誌などでムードたっぷりに撮影された雰囲気とは違って、少々拍子抜けした。
岩のドームも、おお〜立派だなあとそれなりに感動はするが、
さんざん雑誌や本で見ているのでそれを確認する作業のような気がしてしまう。
それに比べ、旧市街のなかの様子はあまりガイド本にも出ていないし、
人の動きは一瞬一瞬で変化するのでいつでも新鮮だ。
どうやら私は、人々の息づかいがリアルな、猥雑な市場のほうがそそられるようだ。




あまりの暑さで少々疲れた。
いったんホテルに戻ることにする。
観光客の多い道を避けて裏路地へ入ったら、
ヤッフォ門の方角がわからなくなった。
そこへ、たまたま通りかかった、
キッパを被った初老の男にたずねてみた。
自分もそちらに向かっているからと同行してくれた。
おじさんはイタリアはヴェローナの出身で、
長年アイルランドで暮らしているという。
ヴェローナはロミオとジュリエットの舞台だよ、と言うので、
“ Why are you Romeo? ” と私が手振りつきで言ったら、
なんか知らないけど、かなり受けてしまった。
どういうわけか、私は若い男にはモテないが、老人には好かれるのだ。
イタリア人ならばひょっとしてと思い「スペイン語は?」と聞くと
そこそこわかると言うので、私はスペイン語で話をした。
が、答えがなぜか英語で返ってくるのと、
ロミオとジュリエット以外、あまりイタリアの話をしたくないふうだったので、やめた。
何か、訳あり人生なのかもしれない。

ヤッフォ門のそばで、無料で冷たい水が飲めるからと
私をインフォメーションセンターへと連れていく。
そこには、いわゆる冷水機があった。
ミネラルウォーターサーバーではなくて。
おじさんはプラスチックカップに注ぐと美味しそうに飲み干し、
さあ君も飲みなさい、と言う。
これの水源は何なのだ? 大丈夫なのか?
と思いながらも、断るのも悪い気がして、一気飲みしてしまった。


君はブッティストか?と聞かれ、返す言葉に詰まった。
適当にイエスと答えればそれで良かったのだと思うが、
これほど宗教と密着した人生を送っている
(あるいは宗教のために生きているとも言える)
人たちばかりが集まっている場で、
そのような問いは、本当に考えさせられる。


握手をして別れる。
私の経験では、外国人10人と握手すると7人は
タヒニ屋のお兄さんと同様ジトっと湿気を帯びた手をしているが、
このおじさんは乾いてやや冷たい手をしていた。
炎天下を歩いてきたのに。
年をとるとそうなるのかな。


ホテルに着き、シャワーで汗を流す。
と、その前にまずは蛇口を確認。
むむ。まだ水じゃないかあ〜。
電話で苦情を言う自信がないので、フロントへ行こうとドアを開けると
ちょうど室内清掃の担当らしき人がいたので呼び止める。
彼は左にひねった。瞬間ではないが少しすると熱い湯に変わった。
ああ、やはり左だったのか。
じゃあ夕べも壊れていなかったとか?
いやいや、夕べは左にもしばらくやったけど確かに出なかったのだ。
右より左のほうがはるかに冷たかったのだ。
しかしこの男はそんな経緯は知らないから、
なんでこんな簡単なことができないのか?とでも言いたげな表情だった。
オッケー、サンキューしか言えない自分が情けない。
 

夕食はホテルからすぐ近くにあり、
エルサレムのレストランの中でも上位に入るという「MONA」へ。

http://monarest.co.il/mona/en/




記者氏と、もう一人、現地駐在の邦人女性記者と3名で。
店のライティングがとても暗いため、
料理の写真がイマイチだった(なので1枚だけにしておく)。




アスパラガスとビーツ トリュフ風味のマスカルポーネ、
牛肉のカルパッチョやイカのソテー 、
ガラスの器に入れたチーズケーキなど西洋化したスタイル。
ワインはイスラエル産をグラスでオーダー。
この地のワイン造りは旧約聖書の時代にさかのぼる。
ワインの誕生はグルジアとかアルメニアあたりと聞くが、
あるいはレバノンのフェニキア人が西洋へ広めたとか。
ともかく、イスラエルも同様に歴史ある地であるが、
その後のイスラム教支配により禁止され、
本格的なワイナリーができるのは近代になってからである。
ゴラン高原を皮切りに、最先端技術を導入したワイナリーが
ここ30年くらいで創設されている。

日本に比べグラスワインの量が多い。お得だねえ。
周囲の客はみな、かなりラフな服装。
お洒落にキメるような文化がどうもまだないらしい。

女性記者に、ここでの暮らしぶりを聞くと、
とても肌にあっているそうで、楽しいと言う。
日本での、中東=とにかく危険というイメージと異なり、
普通に暮らしているぶんには、エルサレムはそんなに危険はないのだそうだ。
ヨーロッパではよくある、観光客を狙ったひったくりや首締め強盗、
ケチャップをかけてどうのとか、ジプシーに囲まれるといった話も聞かない、と。
特に日本人に対しては好意的とも。
確かにそれは私も感じた。
例えばマドリッドなど一人歩きを何度もしたことがあるが、
歩いている時にはバッグを持つ手に自然と力が入り、
背中にも目があるようにしていた。
道端では地図を開かない、ちょっと怪しいと思う裏路地には行かないようにした。
しかしこの街には、そういう緊張感を強いられる雰囲気はない。
なんだか緩いのだ。
そういえば、ドームの丘に入る門で、
私が着ていたチュニックのわずかに開いた胸元を門番みたいな人に注意され、
閉めようがないので長袖のパーカーをその場で着ていたら、
ジャパニーズイズストロング、アーユーストロング?アーユーカラテ?と
よくわからないことを言われたが、
日本人のイメージはおおむねそんな感じらしい。
つまり、小国でありながら世界の大国と渡りあえる立派な国だと。




ホテルの部屋に戻って窓を開けると、今朝の裸男が
相変わらずの姿でまだそこに座っていた。
“ Why are you nakedness? ”




ふと、その階下を見ると、
やはり上半身裸の若い男が窓辺にいて、
どうやら私に向かって手を振っている。 
裸族のアパートなのか、ここは。
サービスで手を振り返したら、男は一瞬いなくなり、
片手に酒の瓶を持って戻ってきた。
ゼスチャーで、酒を飲みに行こうよ、と誘っているようだ。
首を横に振ると、肩をすくめてデニーロ的なwhy?の態度を示す。
私は両手を合わせ頬に寄せて「ジュリエットはおねんねするので」と返す。
男はバイバイとあっさり引き下がった。
その昔、見城美枝子司会の朝の番組で、
今、このテレビに写っているこの家の方、観ていたら手を振ってください、とか
今朝はもうご飯を食べましたかなどと聞いて、手で丸を作って返したり、
ってヤツを思い出した。
あれって、今では考えられない番組だったなあ。
・・・と、何をエルサレムで思い出しているのか私は。


昨夜の睡眠不足のおかげでこの夜もすぐに眠りに落ちた。
エルサレムはまだサマータイムなので時差は6時間。
6時間だと時差はさほどきつくないので、
旅の最後まで時差ボケにはならずに済んだ。
そしてお腹もこわさなかった。
あの水は問題なかったようだ。




エルサレム旅日記1

9月2日(月)

飛行機はトルコ航空でイスタンブール経由。
航空会社のサイト(英語のみ)で直接ネット予約する際、
食事のタイプを選ぶ項目があり、
ベジタリアンとかローカロリー、ローファット、
コシェル(ユダヤ教の規律に基づく食事)、ムスリム(イスラム教)など
20種近くもある。はーすごい。
しかしレギュラータイプがその中にない。
郷に入れば郷に従えかあ〜と、
ベジタリアンオリエンタルとかいうのが一番感覚的に近いんだろうか?
よくわからんけども、それをチョイス。
チェックインの際、こちらでよろしいんですか?と確認される。
レギュラーでいいなら、どうやら選ばなければよかったようだ。
だって、必要ならば選べ的な言葉が見当たらなかったんだもん。
ならば、と普通のタイプに変えてもらう。
が、あえて試してみるのもおもしろかったかもしれないか?とちょっぴり後悔。

機内は空いていた。私は壁前の席の左通路側をとっていたのだが、
となり2席は空きのまま、通路をはさんで左の窓側3席も誰もいない、
右窓側は若い日本人の男が一人。
シリア問題などでそっち方面に今時分行く人はやはりさすがに少ないか。




旅の前、周囲からかなり心配された。
親にはあまり早く知らせてはマズイと思い、1週間前に「全然大丈夫だからね」と
さらっと伝えた。
その直後にオバマのやるぞ発言である。
新聞を開いたら「エルサレムでガスマスク配布に群がる人」が出ている。
あかん、これはあかん。
私自身がというよりも、周囲の人たちの心情に対して、であるが。
案の定、父親からはFAXで私の身を案ずる手紙が来てしまった。
やるかも、の時がちょうど旅の始まりに重なっていた。
ガスマスクって出ているけど?と今回の旅の頼みの綱である現地駐在の記者氏に
メールしたら、
「ガスマスクなら僕のところにもあります」との返事。
ああそっか、そっか、それなら安心だね!! 
って、そういうことじゃないよ〜。


航空会社に事前に問い合わせたところ、
何か問題があれば欠航するとのことだったので、運に身を任せることにした。
そして、出発直前、再びの表明によりアメリカからはしばらくはやらない、
9日から審議を開始するということがわかった。
飛行機はあくまでトルコ行きであり、
空いている=シリア問題というわけでもないのかもしれないし(と思いたいし)、
すいません、私ちょっと降ろさせてもらいますってわけにもいかない。
空いていてラッキー、リラックスできるわ〜と能天気でいくことにした。

ヨーロッパへ行く時は、時差ボケ防止のため、
私はできるかぎり寝ないように、現地に関する本を何冊も持ち込むのが常だ。
イスタンブールまでは約12時間、3時間のトランジットを経て、
イスラエルまで約2時間、着くのは23時20分なので今回も同様の作戦をとることに。
少し違う点は、ヨーロッパならば、行きたい店や買いたいものをマークといった
女子っぽいガイド本学習が主になるが、今回の場合はそれよりも
歴史、宗教、現代社会とマジなお勉強であること。
片道フライトでは足りないくらいだ。

3席の真ん中に座り直し、本来の席はサイドデスクとして使用。
右の若い男は肘掛けをしまってフルフラットシート状でずっと寝ている。
「チミ、そんなに寝てばかりいたら、トルコに着いてから夜寝られなくなるよ」と
老婆心から言ってあげたい気もしたが、まだ老婆ではないのでやめておく。

例の普通食は、機内食にしては悪くない味だった。
エコノミーでも歯ブラシにリップクリームなどの入ったポーチや
簡易スリッパまで提供され、なかなか気が利いているではないか。
しかしオール外国人のCAの対応はざっくり粗い。
まあここに限った話ではないし、日本の航空会社のかしずくような態度も
それはそれでどうなんだといつも思うので、
だからそれぞれの中間くらいの対応ならばいいのになあ。

また、これもトルコ航空に限らないことだが、
飛行機は離陸してからしばらくは室温が低い。
何か理由があるのだろうが、今回は特にそれが強烈で、しかも長時間続いた。
3席分、3枚のブランケットを使い、ムスリムの女性みたいな格好になって、
それでもまだ寒かった。
(私だけではなく、他の乗客も寒そうにしていた)
着陸時になると機内はやや暑くなり、それでわが身はようやく解凍された。

乗り継ぎの飛行機の乗客の大半は地元に帰る人たちのようだった。
小さい飛行機なので今度は8割方埋まっている。
あれ!! さっきの眠り青年もいるではないか。
この人、一人でイスラエルに何しに行くのだ?
(ってむこうも当然、私のことをそう思っているはずだよな)
それから30歳前後の日本人カップルがいる。
新婚旅行か? マニアックなチョイスだが、とても旅慣れている雰囲気には見えない。

この飛行機でもまた機内食が出た。
CAは、一席ずつ、やれこっちはコシェルだ、
こっちはベジタリアンいや違うなどとこんがらがっている様子。
私のとなりは若い外国人カップルで、
男は「僕はコシェルにしたんだけど、やっぱり今日は普通のタイプにトライしてみる」
などと言い出しているし。
そんな気分次第で規律を変えちゃっていいのかね?

通路を挟んでとなり側、前の席の男がいきなり背もたれを思いっきり倒した。
後ろの席のテーブルの飲み物がジャバーッと豪快にこぼれ、座っていた男にかかった。
その男は席の隙間から前の男をちょんちょんとつつき、事情を説明している。
それでも前の男は振り向くことなく、席も元に戻さず、
おそらく一言も謝りもせず、何か長い言い訳を言っている。
外国人は決して謝らないとよく言うが、ほんとに謝らないねえ。
後ろの男はキレてもおかしくないのに、なぜかそれ以上追求しなかった。
私のとなりのカップルの彼女が気を利かせて紙ナプキンをパスしてきたので、
私から男に渡したが、ありがとうの言葉はなかった。
謝らない男にお礼を言わない男、どっちもどっちか。

行きの飛行機は一睡もしない、が信条のはずの私だが、
ドドンと機体がテルアビブの空港に着陸する振動でハッとする。
しばらく睡眠学習していたらしい。
無事着陸を祝ってなのか、機内のあちこちで拍手が起きている。
昔の日本もこうだったらしいね。

イスラエルの出入国審査は厳しいとの噂で、
ガイド本には(特に出国は)ものすごくねちっこく調べられると書いてある。
しかし記者氏いわく、最近はそこまでではないとのこと。
そこそこ覚悟しつつも、とりあえず入国審査はまあ大丈夫だろう。
「何しに来たか」「何日か」「フライトスケジュールを見せよ」
ここまでは想定内だ。
早く済ませられるよう「はいはい、なんならホテル名と住所もここにありまっせ」と
いい子になる私。
しかし、コワイ顔したデミ・ムーア風の担当者は、まだ質問を続ける。
「観光なのに何で一人なのか」みたいなことを聞くので
(それって余計なお世話だよ、と言いたいけど言えない)
「こっちに住んでいる友人がいるので」と答えたら、
「その人はどんな仕事か」
 私「ジャーナリストです」
 「ビザの種類は?」
 私「知りません」
「その人をどう思う?どんな人間?」
ええ? そんなこと聞かれてもねえ、どう答えたものか、
日本語でだって難しいじゃないか。
いい人です、ってのもおかしい気がするし。
まあ普通です、みたいに答えたら、
おもしろくない回答と思われたのか、解放された。

ホテルに到着した時にはすでに深夜1時過ぎ。
なんと、さっきの日本人カップルも同じホテルだ。
(私は航空券とホテル、ネットでバラバラに取っているのでツアーではない)
フロントに「トゥギャザーか?」と言われてしまう。

ホテルと記者氏の住まいは目と鼻の先。
久しぶりの再会、明日からのスケジュールを軽く打ち合わせてバイバイ。
今夜はシャワーだけにして早く寝よう。

と、コックをひねるが、み、水しか出ねえよ・・・。
左と右、どっちがお湯なのかわからないタイプで、
たいていは左がお湯の気がするのだが、
左にひねるとすごく冷たい水、右にひねると少しだけぬるい水、
なのだ。お湯になるのに時間がかかるのだなと思い、
しばらく右にひねって出し続けたが、まったく温度変化しない。
まさか暑い国イスラエルではこの温度をお湯と呼ぶのかな?
今さら服を着直してホテルの人にたずねるのも面倒だし、
こんな深夜で直せるとも思えない、直せたとしてもますます睡眠時間が減る、
というわけで水シャワーに耐える。
冷凍、解凍、そして再冷凍。
聖地入りのための、ある種の禊ぎか。

ベッドに入ったのは3時は過ぎ。
睡眠学習の影響なく、即眠りに落ちる。


2013年9月1日日曜日

いざ、エルサレムへ

いきなりですが、明日より5泊7日でエルサレム(イスラエル)に行ってきます。
初めての中東。海外へは3年ぶり。
エジプトにシリアに、今、何かと騒がしい地域です。
もちろんそれだから行くのではなく、
そんなことになるとは思わず、
キャンセルするか悩んだが(私は行きたいのだが周りが心配しているので)、
現地に駐在している記者の友人が
エルサレム自体はいつもと変わらないと言うので
その言葉を信じて行くことにした。

余裕があれば、現地よりレポートお届けします。
余裕がなければ帰国してからとゆうことで、
よろしくお願いします。

2013年8月26日月曜日

低血圧



もともと低血圧で、上が100超えることは滅多にないのだが、
久しぶりにはかったら、この数字。
どうでしょう、大丈夫かしら?

低血圧だから朝が弱い、とはよく聞く言葉だが、
毎日、普通に6〜7時頃起きているし。
言われれば確かに朝はちょっと寝ぼけまなこor不機嫌かもしれないが、
多かれ少なかれみんなもそうでしょ?

立ちくらみとか貧血などを起こしたことはないし、
朝礼で倒れたことも一度もない。

ただ、肩こりや首の痛みはひどいほうだ。
調べると、低血圧=肩こりになりやすいらしい。
職業病というかパソコンのせいだと思っているが、
昔からいつも肩こりだった気もする。

ようするに万年運動不足ですな。

この週末は、タラソテラピーに行ってきた。
子供の頃は夏の間中、プールに通ったものだったが、
大人になってからはほとんど泳いでいない。
タラソテラピーは海水なので、浮力が大きく、
仰向けになるとふわっと楽に浮いて気持ち良い。
圧力の違うジェット水流の中を歩くだけで、
全身の新陳代謝が高まるという。

プールの後のけだるさとほっこりとする感覚は、どこか懐かしい気分。
これで日頃の運動不足が解消され、すっきりするかしら?と思ったけれど、
一晩経って起きてみると、ますます肩や背中に痛みが・・・。
今度は筋肉痛か? 何か悪い毒素が出ている証拠?
まあ、やらないよりマシだけど、
1日だけじゃあんまり意味ないのでしょうね。

何かせねば! と毎日呪文のように唱えつつ、
結局は1日の大半をPCに向かうことになる。
とりあえず、友達からもらった、ストレッチ用チューブ(4kg)で
ときどき肩甲骨のエクササイズをすることを習慣づけよう。



2013年8月18日日曜日

だから云ったじゃないの

だから云ったじゃないの〜♪ 
と、いま、私はお恵ちゃん(松山恵子)の気分です。
余計わからないか。

この頃、日本のマスコミ関係が「ペルー料理が来ている」と
注目し始めている。
やっとこさ、ようやくだ。
だから何年も前からナベちゃんはいってるじゃないの〜♪なのだ。

まあどのようであれ、注目されているならいいことだ。

昨夜は、神宮前のペルー料理店「ベポカ」に行ってきました。
http://www.bepocah.com/ja/


現地から取り寄せたランプなど、雰囲気のある外観、内装もお洒落。
料理もご覧の通り、スタイリッシュで上品な味つけでございました。
ペルー人や他の欧米人客も多く賑わっていました。
偶然にも、私のとなりには、
仕事で時々ご一緒するカメラマン氏がいてびっくり、なんていうことも。








スペインのエル・ブジのフェラン・アドリアと、
ペルーのトップシェフ、ガストン・アクリオによる、
映画の紹介を前にしましたが、
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2012/10/blog-post_3.html


『edén.pe』という本も出ており。ペルーの豊かな食材と、
それを使った有名シェフたちによるレシピ。
海外から取り寄せないと買えないようだけど・・・買おうかなあ。



ペルー料理ってどんな味?とまだご存知ない方は、
ペポカに行くもよし、新橋の「荒井商店」に行くもよし。
http://araishouten.gozaru.jp


自分で作ってみたい方は・・・
はい、この本でトライしてみてくださいまし。



http://www.amazon.co.jp/ちょいラテンごはん―手軽で陽気なレシピ-荒井-隆宏/dp/4594064744/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1376791468&sr=1-1&keywords=ちょいラテンごはん


手前味噌ですが、実によくできているレシピなのですよ。
いかに家庭で本格的な味を作ることができるか、
荒井シェフとともに試行錯誤しながら完成させたものですのでね。
もっともっと売れてもいい、売れるべき!!! なのだ。