2015年6月23日火曜日

中国・煙台の旅2(グルマン世界料理本大賞)


中国・煙台の旅1

http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2015/06/1.html



2日目(6月9日)
 

怪しい寿司。これは食べていない。


  ホテルの朝食。
食べきれない数の中華料理がずらり。
中国人客は朝から大量に食べる。
ドラゴンフルーツ、チェリー、スイカなどの果物てんこ盛り、
焼きそばに炒飯、豚バラ煮込みだのガッツリ系料理をやはりドサッと。
みんなパワフルだなあ。
私も負けじといろいろ盛ってみたが、
肝心のお味がねえ・・・どうも今ひとつなんですなあ。


料理本の授賞式は昨日と同様、夕方からで、それまではフリータイム。
ホテルやグルマン会場周辺には目ぼしい観光スポットはない。
伊藤シェフと共にタクシーで街の中心地まで行ってみることにした。

運転手はみな英語が通じない。
ホテルのフロントで行き先を伝え、それを通訳してもらうが、
しかしフロントもあまり得意ではない様子。
地図を広げながら、こちらが求める
中心的な繁華街をぶらぶら散策したいがどのあたり?」が、なかなか通じない。
質問はシェフがやってくれているのだが、私は思ったね。
シェフのたたみかけるような早口の英語よりも、
むしろ私の大平総理的な(アーウー) 、
わかる単語を最小限並べただけの英語のほうが通じる気がする、と。
相手も英語が苦手で戸惑っているのは明らかなんだからにぃ。
とはいえ、「ここはひとつ、私が」としゃしゃり出て、
さもできるのかと思いきや「アーウー」では、シェフが肩をすくめるに決まってる。





中国人男性の多くが角刈りだ。
バックミラーに映るサングラスの運転手は、そこだけ切り取れば西部警察の大門風。
実際には小林旭。
彼らは、よくそのへんでつば?たん?を吐く。さすがマイトガイ。





街には無印良品やアップルストアがあり、
三越クラスと思われるデパートにはスタバやハーゲンダッツなどがあった。






大型スーパーの地下に行くと、
お好みでチョイスするサラダなどのデリが人気。
ビニールを敷きこんだザルに具材をバンバン放り込んでいる。
そのままビニールだけ取り出して口をしばればテイクアウト完了、だ。




ドナルドとミッキーのいとこ? にも出会いました。















裏道に入ると、屋台村のような庶民的な通りがあり、
焼きそばやらイカ焼きやら、いろいろな食べ物が売られ、賑わっていた。
買いに来ている若い女性たちは、
きれいな黒髪をひとつに束ねて(染めている場合は赤の人が多い)、
チュールスカートをはいている。
日傘をさしている人も多い。








麺を食べる。私は青菜のラーメンで8(160)、シェフは牛肉刀削炒麺13元(260円)
シェフもスープ状のものを食べたかったのに、「炒」の文字を見落としたため、
出てきたものは甘いケチャップ炒めだった。

途中、入ってきたカップル、真夏のような陽気のせいか、
男はTシャツを胸の上部までたくし上げ、裸の胴体を出した状態で席に座り、
そのまま食事をしている。
この後、私は街で同様の格好をした男を2人見かけた。
「煙台ではいま、腹見せモードがきてる」のではないか。









夕方、cook bookの授賞式の時がやってきた。
他の日本人の著者たち、例えば『日本料理と天皇』(エイ出版社)の松本栄文氏や、
『一日一菓』(新潮社)の木村宗慎氏らは着物姿で、
それぞれ着物の女性関係者数名を従えているため、
世界各国のメディアが集まる中、カメラが向けられる率が高い。
木村氏には日本のテレビのドキュメント番組のクルーがはりついている。

cook bookは、A〜Fのカテゴリーがあり、それぞれさらに10〜20に分かれている。
『アメリカン・アペタイザー』はC17 US CUISINE部門、
『SPICE CAFEのスパイス料理』はE2のSINGLE SUBJECT部門にノミネートされている。

「Eだから、まだまだ、だいぶ後だよね〜」とシェフ。
Aからスタート、各部門ごとにノミネートの書影が壇上のスクリーンに映し出され、
続いて、画面はグランプリ・準グランプリ・3位の書影に変わり、
コアントロー氏がグランプリのみ読み上げる。
会場の客席で、受賞者とその関係者の歓声が上がる。
グランプリの著者は登壇し、賞状を受け取り、1分程度スピーチ。
グルマンは「料理本のアカデミー賞」なぞと言われているらしく、
テレビで見る、俳優や監督が周囲の仲間にハグやキスしつつ舞台に上がる、
あの感じが繰り広げられるのである。

スパイスがグランプリを取った場合には、もちろん伊藤シェフが登壇する。
が、アペタイザーがグランプリだった場合には、著者のアンダーソン夏代さんは
残念ながら今回来ていないので、代わりに私が賞状を受け、スピーチする必要がある。
さあ、どうする、私。
昨夜から、その場合に備えてコメントを考えていたけれど、
やっぱり英語はできそうにない。
こうなったら、お礼だけ英語で言って、残りはスペイン語でやるしかない。
スペイン語だって自信はないがまだマシだ。
アメリカ料理部門でなぜかスペイン語でスピーチ、
おかしいっちゃおかしいが、背に腹は代えられぬ。



いよいよ、C17の発表。





キターッ。
準グランプリ受賞!!!!!!
壇上でスピーチするのはグランプリのみなので、
私がナタリー・ポートマンやハル・ベリー、ケイト・ブランシェットになる機会は消えた。
それはともかく、夏代さんは前著『アメリカ南部の家庭料理』でも
準グランプリを受賞しているので、2回連続の快挙だ。




興奮冷めやらぬまま、カテゴリーはEに突入。
シェフが水を飲む回数が増えてくる。



E2のノミネート作品は全部で9冊。
グランプリは・・・・“SPICE CAFE!!”   “Japan!!”
やったーと、私は大きな声をあげたように思う。
が、その後は、カメラ担当として壇上のシェフを撮ることに夢中で、
彼のスピーチがどんなだったか、ほとんど覚えていないというか聞こえていない。
(後から日本人関係者に聞いたところ、情熱が感じられる良いスピーチだったとのこと)






コアントロー氏と伊藤シェフ。

各部門のファイナリストとグランプリ・準グランプリ・3位の受賞作品は
↓ こちらで見られます。

http://issuu.com/gourmand_international/docs/gourmand_cookbook_awards_winners_20/295?e=4327854%2F13405484


いや〜、ヨカッタヨカッタ。
とり急ぎ、アノニマ・スタジオの編集者Hさんに
「アメアペ準グランプリ! スパイスグランプリ!」とメールを打つ。


夕食の会場は、たまたま私たちが宿泊しているホテルの宴会場だった。
料理は中華のビュッフェ。写真に撮っていない、つまり、そのような程度でありました。
が、昨夜とは異なり、今夜は「よかろう、くるしゅーない」と喜びで満ち足りている。
先述の木村氏もグランプリ受賞、松本氏の本は特別な殿堂入りを受賞、みなで乾杯する。

↓日本の受賞作品一覧はこちら。

http://cookbookfair.jp/?p=703


煙台と同じ山東省の青島ビールを飲み、中国産ワイン(実は中国はワイン生産が盛ん。
ここ山東省は中国のボルドーと言われている)でほろ酔い気分になり、
そのまま上階の自分の部屋へ。
気まぐれWiFiと格闘しながら、関係者へ朗報を打ち、
ホテルのおばさん臭い石けんでお風呂に入り、就寝。
(つづく)

新疆ウイグル地区のワイン。









2015年6月21日日曜日

中国・煙台の旅1 (グルマン世界料理本大賞)

1日目(68日) 

成田よりアシアナ航空で、韓国経由、中国山東省・煙台に向かう。
2015グルマン世界料理本大賞」の授賞式に出席するためだ。

  グルマン世界料理本大賞とは? 詳しくは以下をご参照いただくとして。

前年に出版された世界中の料理本から選考され、
カテゴリー別にそれぞれ510冊ほどがファイナリストとなり、
そこからグランプリ・準グランプリ・3位が決められる。

私が編集を手がけた『アメリカン・アペタイザー』と
SPICE CAFEのスパイス料理』(ともにアノニマ・スタジオ発行)
アメリカ料理部門と単独テーマ部門でファイナリストに残ったのだ。
開催地はパリやバルセロナ、北京など毎年異なり、
今年は中国・煙台(ヤンタイ)という聞きなれない土地である。
そこまでわざわざ行っても空振りで終わる可能性もおおいにあるのだが、
スパイスの著者、伊藤シェフが「おもしろそうだから行く」と言うので、
ならば私も、とあいなった。

アシアナ航空も、韓国の仁川空港でのトランジットも私には初めての経験。
今回の旅で、機内食を都合4回食べたのだが、いずれも有無言わさず
肉とご飯の組み合わせで、プルコギや鶏肉のスイートチリソースなど甘濃いタレ味。
熱々なのには驚いた。機内食をハフハフいいながら食べるなんて。
毎食必ずチューブ(15g)のコチュジャンが添えられているのにもびっくり。
こっそり周辺(の韓国人客)を観察すると、みなコチュジャンを全部しぼり、
ビビンバのようにぐっちゃり混ぜ込んでから食べている。
本当に、そのような食べ方が彼らの習慣なのですねえ。
しまいには別の器に入っているゆで卵サラダを肉ご飯の中に混ぜたり、
その混ぜたものをパンに挟んで食べたりしていた。
どんだけコラボ好きなのか。

仁川空港では、MERSの影響か、やはりマスクをしている人が目立つ。
今回、煙台ではおそらくお土産は買えそうにないこと、
帰りのトランジットはほとんど時間がないことなどから、とりあえず、
韓国土産のお決まり、美容フェイスシートマスクだけ購入。
まだ時間が余っていたので、搭乗口そばにあるファストフード店で、
ブリトーみたいなものとコーヒーを買って食べる。
おいおい、この2つがまた尋常じゃない熱さ。
私は決して猫舌ではなく、熱々を好むほうだが、それにしても熱すぎる。
ブリトーの中身は牛肉で、これもピリ辛の濃い味。
韓国人はよほど「ホット」なものが好きなのだなあ。


韓国から1時間ちょいで煙台空港に到着。
大気が霞んでいるのはPM2.5のせいなのか?
空港はまだ新しくピカピカだ。





グルマンの参加者には、空港からホテルへの送迎があるという事前情報があったが、
具体的にどのようになっているのかは、何も知らされていなかった。
到着口から出ると、GurmanだかGolmanだったか忘れたけど、
間違ったスペルで書かれた小さな紙切れ1(正しくはGourmand Awards)
持った中国人の若い女の子2人が立っていた。
ここで、同じ飛行機に乗っていた他の日本人参加者たちにも出会った。
てっきりマイクロバスに乗るものと思っていたが、
どうやら数台の自家用車に別れて乗るらしい。それならそれでかまわないけれど、
いったい何をもめることがあるのか、彼女とその仲間たち数人は、
なんやーかんやーと中国語ならではの激しい口調で言い合っており、
私たち日本人は放置プレイ状態。
 この若者たちはいったい何者なのだろうか?


煙台は、いかにも開発中の土地で、
そろばんを立てたような細かい目の高層マンションがあちこちに建設中。
(なのか、放置されているのか、よくわからないけれど)
足場など何も組まれていない状態で、
窓なし手すりなしのベランダの部屋のマンションが
そこらじゅうにそびえ立っているのだ。






ホテルは、グルマン事務局からおすすめの(参加者優待割引のきく)数軒の中から
事前に好みで選び、予約を入れてある。
私とシェフが宿泊したのは

烟台昆仑国际大酒店(Kunlun International Hotel)

日本人参加者でこのホテルの選んだのは私たちだけのようだ。



室内はゆったり、ベッドも広々ダブル。


窓からの風景。空気が怪しい。

ウェルカムフルーツは出前のラーメンのようにぴっちりラップ。

バスルームは浴槽とシャワー室が左右に分かれている。
石鹸が昭和のおばさんっぽい匂いで困った(石鹸は持ってきていないもんで)。
アメニティグッズもいろいろ揃っているが似たような匂いがしそうなので
をつけないことにする。
その横には、おそらく避妊具などが有料で置かれている。



部屋のドアの覗き穴が、私だと必死に背伸びしてようやく見える高さ。
中国人の体格の良さの証だろうか。


ひと休みした後、グルマンの会場へ。
室内では中国式のおもてなしパフォーマンスをやっていた。




カワイイと思わせてコワイ。

最初からコワイ。



授賞式は野外の中庭。この日はドリンク・アルコール関連本の授賞式。
私たちの本は明日なので、リハーサル感覚で一通りを見た。
夕日の逆光がとても眩しく、終わる頃にようやく日が暮れた。
途中、私の前に座っていた、がたいのいい中年の中国人女性が私にiPadを渡し、
壇上を背景に撮ってくれ、という。
撮った後、すぐに写真をチェックし、それが気に入らなかったのか、
何枚も自撮りしていた。



ドローン撮影あり。

会場背後はマンション建設ラッシュ。海が目と鼻の先。


誇らしげに踊るオープニングパフォーマンス。かなり年季の入ったお姉さま方。


主催のコアントロー氏。

壇上のスクリーンにグランプリが大きく映し出される。

授賞式後のディナータイム。
中庭から海に向かう道に延々と連なる細長いテーブルを囲み、
なぜかみんなで餃子作り。
座る席は特に決まっておらず、シェフと2人、その辺に適当に座ると、
私の向かいは、あの自撮りの女性だった。
どういう巡り合わせだろうかねえ。
(彼女は今回はノミネートはされておらず、偵察に来たらしい)

長い長い千歳飴のような状態の生地を小さくカットし、
その場で彼女たち中国人が麺棒で丸く伸ばしていく。
よく見ると、縁の部分は薄く、中心は少し厚く残すのがコツのようだ。
皮ができると「ほい」と渡されるので、
我々、海外からの訪問者たちは具を詰めて包む。
最初のうちは楽しかった。
が、薄闇の中、ぷっくりと膨らむ餃子とは裏腹に、
我が胃袋はもはや空気が完全に抜けた風船状態。
作れども作れども、この作業、いっこうに終わらない。
参加者は300人以上いると聞くが、一人5〜6個も食べれば十分のはずで、
すでにその数はとっくに超えているのだが。
まさか今宵は餃子オンリー食べ放題パーチーではあるまいな?
王将でバイトでもしているような気になってきた。
竹中直人方式で、笑いながら「いいから早くゆでてこいや」と日本語で言ってみる。
シェフもしまいには変な形の餃子を作り出した。








餃子をゆでる釜。





ゆで上がった餃子がようやく届き、かぶりつく。
意外とあっさりした味つけ、タレをつけたい(けれど、ない)。
シェフがぽそっと「なんとなく生っぽいね」と言う。
途端に私の箸が止まる。
しかし空腹には耐えられない。
何とかだましだまし食べつつ(5種の具材があったのでなるべく野菜のものにして)
紹興酒で体内消毒。

その後、徐々にいろいろな食べ物が運ばれてきたが、
どれもこれもまあ実に素朴、というより他にコメントなし。
照明がほとんど当たっておらず、暗闇に提供されたせいもあったかもしれないが。


アンドーナツのようなもの。かなりオイリー。
手羽先の醤油煮。
たぶん干し豆腐の一種。これが一番マシだったかな私には。

おそらくサンザシのゼリー。

饅頭(まんとう)の一種。目のツマリが半端なく、ひとくちで口の中の水分すべて持って行かれる。

涼粉の一種だろうか、わらびもちのような食感、からし醤油。
美味しそうに見えたが、なぜだろうか、そうでもない。

ゆでた羊肉。さほど臭みはないが味も特についていない感じ。

煙台はスイカとチェリーの産地。スイカはちょっとえぐみがあった。


となりの席に座っていたのは、若い中国人女性。
私よりももっと英語ができない子なのだが、一生懸命こちらに話しかけてくる。
どうやら、幼い子がいて、銀行にパートで勤めているらしい。
(どうして銀行員のあなたがこのグルマンにいるのか?と聞いても伝わらない) 
なぜか私のことがとても気に入ったらしい。
“You are more beautiful than him”と言い、シェフと私を交互に指差している。
どうなんだろうかその比較は、喜んでいいのか。
「珍しいねえ、10年分の褒め言葉もらったじゃん」とシェフが笑う。
ちょっと、妬いてるんすか?  それはそれでひどくないですか?
私とツーショットを撮った(彼女がケータイをシェフに渡して撮らせた)後、
「あなたの魅力はこういうことだ」と、
彼女はケータイ辞書で何か言葉を引いて、私に見せてくれた。
記念にそれを撮っておいた(よくわかんないけど)。
せっかくの10年分の褒め言葉ですからね。






ホテルに戻る。





部屋のWiFi、これが今回の旅で一番の厄介者だった。
テーブルに置かれた説明書きには、
「調子が悪い時は(ルーターを)いったん抜いて、5秒経ったら再び差し込め」
と真面目に書かれている。
この旅の間、いったい何回、私はこの抜き差し作業をしただろうか。
5秒いや10秒にしてみよう、とか、10分以上使わないようにしよう、
君は夜が得意?それとも朝派かい?など、
できうる限りの創意工夫を凝らしたものの、
果たしてそんなことに意味はあっただろうか。
調子がいい時でも、できるのはメールのみで(gmailはイマイチ)、
インターネットを見たりすることはできなかった。
ラインは調子いい時と全然ダメな時があり。
あとから知ったが、中国はどうもgmailが使えないらしいですね。
(つづく)

2015年6月6日土曜日

父との小芝居

いつもより少し早い時間に親の家に着くと、
父が一人、日暮れのリビングにぼんやり座っていた。
テレビもつけず、新聞を読むにはすでに暗い部屋で
いったい何をしていたのだろうか。
昨年の夏に体調を崩し、1カ月入院して以来、
父はすっかり弱々しくなってしまった。
会うたびに、病気や薬、病院、そして死後のこと、
そんな話ばかりしている。

母はスポーツクラブに行き、父の薬を取りに寄ってから
もうすぐ帰ってくるところだという。

ちょうど良かった、お前に頼みたいことがある、と父。
やたらに元気はある母は、しかしおそらく白内障を患っている気がするし、
耳がどんどん遠くなっているけれど、それを絶対に認めようとせず、
補聴器の話などしようものなら烈火のごとく怒り、
手がつけられないんだよ、という。
心配性で神経質でやたらに病院へ検査に行く父に対し、
母は「別にどーってことない」「お金のムダ」と見事に対照的な性格。
以前に一度、父と私で説得して耳鼻科に行かせたことがあるのだが、
どんなに高価な補聴器を試しても、ノイズが聞こえたり、
どうにもしっくりこず、ほれ見たことか、だから言わんこっちゃない
と母は一蹴した。

オレが言うと大騒ぎになって逆効果だから、
お前から、うまく言って欲しいというのが父の頼みである。
しかし、間違っても「目、見えてないんじゃない?」「補聴器つけなよ!」
とかそんな言い方をしてはいけない。命令や非難ではなく、
「子どもとしてお母さんのことが心配だから、眼科や耳鼻科に定期的に検診に
行って欲しい」とさりげなくお願いするのだ。
言う時のタイミングも大事で、母が洗い物なんかしてる時はダメ、
食後、落ち着いて座っている時を狙う、
オレが先日、メガネ屋に行った時の話で口火を切るから、
そうしたらお前が眼科の話をさりげなくして、
最終的には耳鼻科の話まで持っていって欲しい。

つまり、おとーさん、小芝居を打てって話ですね、それ。
父の前で、父の言われた通りの台本をこなすことも何だか恥ずかしいし、
日頃、そんなふうに優しく母に話しかけたこともない私が
「子どもとしてお母さんが心配なの」などというセリフを果たして自然に言えるのか。
しかし、弱っている父にとっては、母まで具合悪くなることは死活問題、
真面目な話なのだ。

女優! 女優! 女優! 
Wの悲劇の三田佳子に手の甲を叩かれる自分を想像してみる。


母が帰ってきた。
たわいない会話とともに夕飯を終えると、
父は、皿洗いをする母の後ろ姿をじぃーっと見ている。
終わるのをひたすら待っている。
なんて不器用な人なんだろうか。

家事が一段落してテーブルに着いた母は、
私が持参した、印刷したてのレシピ本を眺め出した。
父の芝居がスタートする。
「そういや、先日、メガネ屋で・・・」
「わー、みてぇぇぇ、この料理、美味しそうねえ」
カットカット。ダメだ、お父さん、タイミング違う。
(しばし沈黙)
私はアドリブをきかせ、
「その本、英字が細かいでしょ、最近そういうの私ぜんぜん見えなくなってさあ」
と自分のことを引き合いに出してみた。
が、母はまったくマイペース、聞く耳を持たない
(本当にイマイチ聞こえていないということもある)。

焦り出したのか、演技が雑になってきた父に、
「まったくお父さんは本当に神経質で困る、もっとおおらかになりなさい。
  大丈夫と思っていれば大丈夫なんだから」
と、母は日頃の父への不満を語り出した。
しまいには父は舞台袖(トイレ)に下がってしまった。
ちょっと、監督?  これは私に一人芝居しろという指示なのか、
それとも待てのサインなんですか?

私としては、父がいないほうが芝居しやすい。
精一杯優しめの口調で(他人から見たらつっけんどんかもしれないが)、
病院の検査を促してみた。
母はやはり抵抗を示す。そんなん具合悪くないのに必要ないもの、と。
「まあさあ、しかし、私が心配なんだよねー」と例のセリフをなんとか言ってみる。
そこに父が戻ってきた。
「ほらっ、お母さん、娘がこうして心配して言ってくれてるんじゃないか!」
私より芝居、ヘタ。

ともあれ、最終的には
「まったくもう、行きゃいいんでしょう、行きゃあ」
と、来週、まずは眼科に行くことを母は約束した。

成功に気をよくしたのか、
「いや〜、娘がそんなふうに心配してくれているとはなあ、こりゃ良かった」
と、父はまだヘタな小芝居を続けていた。

小芝居だけれど、本気でもあるのだろう。
父も、私も。




2015年5月21日木曜日

服を売って整体に行く


前回のブログの頃に最大のピークは過ぎたものの、
結局、なんだかんだと残り作業がGWも続き、今に至る。
本当は今日、最終の色校正が上がる予定だったのだが、
印刷所から連絡があり、夜遅くになってしまうという。
不意にぽっかり1日、空いてしまったのだ。
さて、どうしようか。

先週からようやく着手しているスラム街(我が家)のクリーン活動の続きをやるか、と
腕まくりしているところに、洋服の買取サイトからメールが来た。
勇気を出して、タンスの肥やしを売りに出してみたのだ。
コート5着、ジャケット2着、セーター2枚、スカート9枚、計18着。
初めての試みである。
スカート9枚ってのが我ながらすごいなと思う。どれも5年以上着ていない。
(問題 : いつかまた女の子らしい日がやってくるのではないかという期待度と
 ウエストサイズの変化、及びスカートの実寸、これらの関係性をグラフに示せ)

さてさて査定の結果はいかに、と。
9710円也。
ほぅ、意外といいのではないか。
その内訳を見てさらに驚いた。
3枚の服だけで金額の大半を占めているのだ。
一番高値がついたのは、マッキントッシュのダッフルコート。
これがダントツで6600円。
よく覚えていないが定価は10万するんじゃなかったかなあ、
それをセールで半額くらいで買ったような。
気に入ってはいるのだが、ずっしり重たい、それで最近は着ていなかった。
6600円で買い取って、いくらで売るんだろうか、3倍くらいですかね?

続いて高値だったのはトゥモローランドのコートで、しかしお値段1400円と急降下。
第3位はセーターで1100円とこれもたいした値段ではないのだが、
ただ、私自身、このセーターは「ついでにこれも紛れて入れてみっか」という程度で
何も期待していなかったので、意外な結果にびっくり。
査定表を見るとブランド名はイリアンローブと書かれている。知らん。

逆に、もっといい値段がつくと思っていたのは、
マイケルコースとブルックスブラザーズのジャケット。
きれいな状態なのに、200円と100円。
近所のバザーにでも出したら、もう少し高値がついたのではないか?
スカートにいたっては全部まとめて110円にしかならない。せ、せつなすぎる。
(査定が気に入らなければ戻してもらうこともできるが、めんどーなのでそのまま鵜呑み)


思わぬ小遣いを手にした私は(まだ実際には振り込まれていないけれど)、
そうだ、整体へ行こう。
この数カ月の仕事でガチガチになった体をほぐしてもらおう。
骨盤周辺も調整してもらい、そしてまた例のグラフが変化してきたら、
新しいスカートを買おうじゃないか。

ところで、スラムはどうするのかい?

2015年4月26日日曜日

木を買う女2015


ようやく仕事のピークが過ぎた。
気分を一新しようと思い、
久しぶりに髪の毛をバッサリ切ってみた。
小粋な大人のボブの予定だったが、
なぜだろう、ちびまる子ちゃんが鏡に映っている。
たいていおかっぱ系で失敗すると、
ワカメちゃんか、ちびまる子ちゃん、
場合によっては麗子像と形容するのがありがちであるが、
しかしそれも若いうちであり、
今の私がちびまる子ちゃんになったというのは
もはや図々しいのかもしれない。
じゃあなんだろうか、南田洋子だろうか。樹木希林だろうか。
誰かに例える必要はあるのか。


さて、今日は毎年恒例の植木市だ。
ちなみに、過去はこんな感じである。

2014年版
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2014/04/2014.html

2012年版
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2012/04/blog-post_22.html


今年も変わらず、中年親方とロバートの馬場ちゃんはいた。
もうすっかり顔を覚えられていた。
私が気になったのはクロモジ。
が、まだちょっと小さくて頼りない感じ。
「これは爪楊枝にもなる木ですよね? 難しくない?」
馬場ちゃんにたずねるも、
「えっ、そうなんすか、自分ちょっとわからなくて」
と相変わらずの新人ぶりだ。
チミはこの1年いったい何を学んでいたのかね?
せめて出展している商品くらい基礎知識を入れてこんのかね?
親方は言う、
「奥さん、いつも買ってくれてるよね。覚えてるよ。
  クロモジは全部で4本あったんだけどさ、他3本は売れちゃった、最近人気あるよね」
はい、ありがとうございます、今年も奥さんコールいただきました。
そいじゃあこれいただきますと言うと
「奥さん、いつも決断力がいいよね、スパッとさ、だんなさんに相談なしにいいのかい?」
「いや、だんなさんはいないんで、自分で決めるのです」
「・・・。まあさ、でもいいよこの木は、ほんと」
私の髪型が変わっても、私の顔を覚えていてくれた。
けれども、私は奥さんではないということはなぜか覚えてもらえない。
だんなはいないと言うと、なぜか話をそらされる。
2016年はどんな会話をかわすのでしょうかね。