2015年6月21日日曜日

中国・煙台の旅1 (グルマン世界料理本大賞)

1日目(68日) 

成田よりアシアナ航空で、韓国経由、中国山東省・煙台に向かう。
2015グルマン世界料理本大賞」の授賞式に出席するためだ。

  グルマン世界料理本大賞とは? 詳しくは以下をご参照いただくとして。

前年に出版された世界中の料理本から選考され、
カテゴリー別にそれぞれ510冊ほどがファイナリストとなり、
そこからグランプリ・準グランプリ・3位が決められる。

私が編集を手がけた『アメリカン・アペタイザー』と
SPICE CAFEのスパイス料理』(ともにアノニマ・スタジオ発行)
アメリカ料理部門と単独テーマ部門でファイナリストに残ったのだ。
開催地はパリやバルセロナ、北京など毎年異なり、
今年は中国・煙台(ヤンタイ)という聞きなれない土地である。
そこまでわざわざ行っても空振りで終わる可能性もおおいにあるのだが、
スパイスの著者、伊藤シェフが「おもしろそうだから行く」と言うので、
ならば私も、とあいなった。

アシアナ航空も、韓国の仁川空港でのトランジットも私には初めての経験。
今回の旅で、機内食を都合4回食べたのだが、いずれも有無言わさず
肉とご飯の組み合わせで、プルコギや鶏肉のスイートチリソースなど甘濃いタレ味。
熱々なのには驚いた。機内食をハフハフいいながら食べるなんて。
毎食必ずチューブ(15g)のコチュジャンが添えられているのにもびっくり。
こっそり周辺(の韓国人客)を観察すると、みなコチュジャンを全部しぼり、
ビビンバのようにぐっちゃり混ぜ込んでから食べている。
本当に、そのような食べ方が彼らの習慣なのですねえ。
しまいには別の器に入っているゆで卵サラダを肉ご飯の中に混ぜたり、
その混ぜたものをパンに挟んで食べたりしていた。
どんだけコラボ好きなのか。

仁川空港では、MERSの影響か、やはりマスクをしている人が目立つ。
今回、煙台ではおそらくお土産は買えそうにないこと、
帰りのトランジットはほとんど時間がないことなどから、とりあえず、
韓国土産のお決まり、美容フェイスシートマスクだけ購入。
まだ時間が余っていたので、搭乗口そばにあるファストフード店で、
ブリトーみたいなものとコーヒーを買って食べる。
おいおい、この2つがまた尋常じゃない熱さ。
私は決して猫舌ではなく、熱々を好むほうだが、それにしても熱すぎる。
ブリトーの中身は牛肉で、これもピリ辛の濃い味。
韓国人はよほど「ホット」なものが好きなのだなあ。


韓国から1時間ちょいで煙台空港に到着。
大気が霞んでいるのはPM2.5のせいなのか?
空港はまだ新しくピカピカだ。





グルマンの参加者には、空港からホテルへの送迎があるという事前情報があったが、
具体的にどのようになっているのかは、何も知らされていなかった。
到着口から出ると、GurmanだかGolmanだったか忘れたけど、
間違ったスペルで書かれた小さな紙切れ1(正しくはGourmand Awards)
持った中国人の若い女の子2人が立っていた。
ここで、同じ飛行機に乗っていた他の日本人参加者たちにも出会った。
てっきりマイクロバスに乗るものと思っていたが、
どうやら数台の自家用車に別れて乗るらしい。それならそれでかまわないけれど、
いったい何をもめることがあるのか、彼女とその仲間たち数人は、
なんやーかんやーと中国語ならではの激しい口調で言い合っており、
私たち日本人は放置プレイ状態。
 この若者たちはいったい何者なのだろうか?


煙台は、いかにも開発中の土地で、
そろばんを立てたような細かい目の高層マンションがあちこちに建設中。
(なのか、放置されているのか、よくわからないけれど)
足場など何も組まれていない状態で、
窓なし手すりなしのベランダの部屋のマンションが
そこらじゅうにそびえ立っているのだ。






ホテルは、グルマン事務局からおすすめの(参加者優待割引のきく)数軒の中から
事前に好みで選び、予約を入れてある。
私とシェフが宿泊したのは

烟台昆仑国际大酒店(Kunlun International Hotel)

日本人参加者でこのホテルの選んだのは私たちだけのようだ。



室内はゆったり、ベッドも広々ダブル。


窓からの風景。空気が怪しい。

ウェルカムフルーツは出前のラーメンのようにぴっちりラップ。

バスルームは浴槽とシャワー室が左右に分かれている。
石鹸が昭和のおばさんっぽい匂いで困った(石鹸は持ってきていないもんで)。
アメニティグッズもいろいろ揃っているが似たような匂いがしそうなので
をつけないことにする。
その横には、おそらく避妊具などが有料で置かれている。



部屋のドアの覗き穴が、私だと必死に背伸びしてようやく見える高さ。
中国人の体格の良さの証だろうか。


ひと休みした後、グルマンの会場へ。
室内では中国式のおもてなしパフォーマンスをやっていた。




カワイイと思わせてコワイ。

最初からコワイ。



授賞式は野外の中庭。この日はドリンク・アルコール関連本の授賞式。
私たちの本は明日なので、リハーサル感覚で一通りを見た。
夕日の逆光がとても眩しく、終わる頃にようやく日が暮れた。
途中、私の前に座っていた、がたいのいい中年の中国人女性が私にiPadを渡し、
壇上を背景に撮ってくれ、という。
撮った後、すぐに写真をチェックし、それが気に入らなかったのか、
何枚も自撮りしていた。



ドローン撮影あり。

会場背後はマンション建設ラッシュ。海が目と鼻の先。


誇らしげに踊るオープニングパフォーマンス。かなり年季の入ったお姉さま方。


主催のコアントロー氏。

壇上のスクリーンにグランプリが大きく映し出される。

授賞式後のディナータイム。
中庭から海に向かう道に延々と連なる細長いテーブルを囲み、
なぜかみんなで餃子作り。
座る席は特に決まっておらず、シェフと2人、その辺に適当に座ると、
私の向かいは、あの自撮りの女性だった。
どういう巡り合わせだろうかねえ。
(彼女は今回はノミネートはされておらず、偵察に来たらしい)

長い長い千歳飴のような状態の生地を小さくカットし、
その場で彼女たち中国人が麺棒で丸く伸ばしていく。
よく見ると、縁の部分は薄く、中心は少し厚く残すのがコツのようだ。
皮ができると「ほい」と渡されるので、
我々、海外からの訪問者たちは具を詰めて包む。
最初のうちは楽しかった。
が、薄闇の中、ぷっくりと膨らむ餃子とは裏腹に、
我が胃袋はもはや空気が完全に抜けた風船状態。
作れども作れども、この作業、いっこうに終わらない。
参加者は300人以上いると聞くが、一人5〜6個も食べれば十分のはずで、
すでにその数はとっくに超えているのだが。
まさか今宵は餃子オンリー食べ放題パーチーではあるまいな?
王将でバイトでもしているような気になってきた。
竹中直人方式で、笑いながら「いいから早くゆでてこいや」と日本語で言ってみる。
シェフもしまいには変な形の餃子を作り出した。








餃子をゆでる釜。





ゆで上がった餃子がようやく届き、かぶりつく。
意外とあっさりした味つけ、タレをつけたい(けれど、ない)。
シェフがぽそっと「なんとなく生っぽいね」と言う。
途端に私の箸が止まる。
しかし空腹には耐えられない。
何とかだましだまし食べつつ(5種の具材があったのでなるべく野菜のものにして)
紹興酒で体内消毒。

その後、徐々にいろいろな食べ物が運ばれてきたが、
どれもこれもまあ実に素朴、というより他にコメントなし。
照明がほとんど当たっておらず、暗闇に提供されたせいもあったかもしれないが。


アンドーナツのようなもの。かなりオイリー。
手羽先の醤油煮。
たぶん干し豆腐の一種。これが一番マシだったかな私には。

おそらくサンザシのゼリー。

饅頭(まんとう)の一種。目のツマリが半端なく、ひとくちで口の中の水分すべて持って行かれる。

涼粉の一種だろうか、わらびもちのような食感、からし醤油。
美味しそうに見えたが、なぜだろうか、そうでもない。

ゆでた羊肉。さほど臭みはないが味も特についていない感じ。

煙台はスイカとチェリーの産地。スイカはちょっとえぐみがあった。


となりの席に座っていたのは、若い中国人女性。
私よりももっと英語ができない子なのだが、一生懸命こちらに話しかけてくる。
どうやら、幼い子がいて、銀行にパートで勤めているらしい。
(どうして銀行員のあなたがこのグルマンにいるのか?と聞いても伝わらない) 
なぜか私のことがとても気に入ったらしい。
“You are more beautiful than him”と言い、シェフと私を交互に指差している。
どうなんだろうかその比較は、喜んでいいのか。
「珍しいねえ、10年分の褒め言葉もらったじゃん」とシェフが笑う。
ちょっと、妬いてるんすか?  それはそれでひどくないですか?
私とツーショットを撮った(彼女がケータイをシェフに渡して撮らせた)後、
「あなたの魅力はこういうことだ」と、
彼女はケータイ辞書で何か言葉を引いて、私に見せてくれた。
記念にそれを撮っておいた(よくわかんないけど)。
せっかくの10年分の褒め言葉ですからね。






ホテルに戻る。





部屋のWiFi、これが今回の旅で一番の厄介者だった。
テーブルに置かれた説明書きには、
「調子が悪い時は(ルーターを)いったん抜いて、5秒経ったら再び差し込め」
と真面目に書かれている。
この旅の間、いったい何回、私はこの抜き差し作業をしただろうか。
5秒いや10秒にしてみよう、とか、10分以上使わないようにしよう、
君は夜が得意?それとも朝派かい?など、
できうる限りの創意工夫を凝らしたものの、
果たしてそんなことに意味はあっただろうか。
調子がいい時でも、できるのはメールのみで(gmailはイマイチ)、
インターネットを見たりすることはできなかった。
ラインは調子いい時と全然ダメな時があり。
あとから知ったが、中国はどうもgmailが使えないらしいですね。
(つづく)

2015年6月6日土曜日

父との小芝居

いつもより少し早い時間に親の家に着くと、
父が一人、日暮れのリビングにぼんやり座っていた。
テレビもつけず、新聞を読むにはすでに暗い部屋で
いったい何をしていたのだろうか。
昨年の夏に体調を崩し、1カ月入院して以来、
父はすっかり弱々しくなってしまった。
会うたびに、病気や薬、病院、そして死後のこと、
そんな話ばかりしている。

母はスポーツクラブに行き、父の薬を取りに寄ってから
もうすぐ帰ってくるところだという。

ちょうど良かった、お前に頼みたいことがある、と父。
やたらに元気はある母は、しかしおそらく白内障を患っている気がするし、
耳がどんどん遠くなっているけれど、それを絶対に認めようとせず、
補聴器の話などしようものなら烈火のごとく怒り、
手がつけられないんだよ、という。
心配性で神経質でやたらに病院へ検査に行く父に対し、
母は「別にどーってことない」「お金のムダ」と見事に対照的な性格。
以前に一度、父と私で説得して耳鼻科に行かせたことがあるのだが、
どんなに高価な補聴器を試しても、ノイズが聞こえたり、
どうにもしっくりこず、ほれ見たことか、だから言わんこっちゃない
と母は一蹴した。

オレが言うと大騒ぎになって逆効果だから、
お前から、うまく言って欲しいというのが父の頼みである。
しかし、間違っても「目、見えてないんじゃない?」「補聴器つけなよ!」
とかそんな言い方をしてはいけない。命令や非難ではなく、
「子どもとしてお母さんのことが心配だから、眼科や耳鼻科に定期的に検診に
行って欲しい」とさりげなくお願いするのだ。
言う時のタイミングも大事で、母が洗い物なんかしてる時はダメ、
食後、落ち着いて座っている時を狙う、
オレが先日、メガネ屋に行った時の話で口火を切るから、
そうしたらお前が眼科の話をさりげなくして、
最終的には耳鼻科の話まで持っていって欲しい。

つまり、おとーさん、小芝居を打てって話ですね、それ。
父の前で、父の言われた通りの台本をこなすことも何だか恥ずかしいし、
日頃、そんなふうに優しく母に話しかけたこともない私が
「子どもとしてお母さんが心配なの」などというセリフを果たして自然に言えるのか。
しかし、弱っている父にとっては、母まで具合悪くなることは死活問題、
真面目な話なのだ。

女優! 女優! 女優! 
Wの悲劇の三田佳子に手の甲を叩かれる自分を想像してみる。


母が帰ってきた。
たわいない会話とともに夕飯を終えると、
父は、皿洗いをする母の後ろ姿をじぃーっと見ている。
終わるのをひたすら待っている。
なんて不器用な人なんだろうか。

家事が一段落してテーブルに着いた母は、
私が持参した、印刷したてのレシピ本を眺め出した。
父の芝居がスタートする。
「そういや、先日、メガネ屋で・・・」
「わー、みてぇぇぇ、この料理、美味しそうねえ」
カットカット。ダメだ、お父さん、タイミング違う。
(しばし沈黙)
私はアドリブをきかせ、
「その本、英字が細かいでしょ、最近そういうの私ぜんぜん見えなくなってさあ」
と自分のことを引き合いに出してみた。
が、母はまったくマイペース、聞く耳を持たない
(本当にイマイチ聞こえていないということもある)。

焦り出したのか、演技が雑になってきた父に、
「まったくお父さんは本当に神経質で困る、もっとおおらかになりなさい。
  大丈夫と思っていれば大丈夫なんだから」
と、母は日頃の父への不満を語り出した。
しまいには父は舞台袖(トイレ)に下がってしまった。
ちょっと、監督?  これは私に一人芝居しろという指示なのか、
それとも待てのサインなんですか?

私としては、父がいないほうが芝居しやすい。
精一杯優しめの口調で(他人から見たらつっけんどんかもしれないが)、
病院の検査を促してみた。
母はやはり抵抗を示す。そんなん具合悪くないのに必要ないもの、と。
「まあさあ、しかし、私が心配なんだよねー」と例のセリフをなんとか言ってみる。
そこに父が戻ってきた。
「ほらっ、お母さん、娘がこうして心配して言ってくれてるんじゃないか!」
私より芝居、ヘタ。

ともあれ、最終的には
「まったくもう、行きゃいいんでしょう、行きゃあ」
と、来週、まずは眼科に行くことを母は約束した。

成功に気をよくしたのか、
「いや〜、娘がそんなふうに心配してくれているとはなあ、こりゃ良かった」
と、父はまだヘタな小芝居を続けていた。

小芝居だけれど、本気でもあるのだろう。
父も、私も。




2015年5月21日木曜日

服を売って整体に行く


前回のブログの頃に最大のピークは過ぎたものの、
結局、なんだかんだと残り作業がGWも続き、今に至る。
本当は今日、最終の色校正が上がる予定だったのだが、
印刷所から連絡があり、夜遅くになってしまうという。
不意にぽっかり1日、空いてしまったのだ。
さて、どうしようか。

先週からようやく着手しているスラム街(我が家)のクリーン活動の続きをやるか、と
腕まくりしているところに、洋服の買取サイトからメールが来た。
勇気を出して、タンスの肥やしを売りに出してみたのだ。
コート5着、ジャケット2着、セーター2枚、スカート9枚、計18着。
初めての試みである。
スカート9枚ってのが我ながらすごいなと思う。どれも5年以上着ていない。
(問題 : いつかまた女の子らしい日がやってくるのではないかという期待度と
 ウエストサイズの変化、及びスカートの実寸、これらの関係性をグラフに示せ)

さてさて査定の結果はいかに、と。
9710円也。
ほぅ、意外といいのではないか。
その内訳を見てさらに驚いた。
3枚の服だけで金額の大半を占めているのだ。
一番高値がついたのは、マッキントッシュのダッフルコート。
これがダントツで6600円。
よく覚えていないが定価は10万するんじゃなかったかなあ、
それをセールで半額くらいで買ったような。
気に入ってはいるのだが、ずっしり重たい、それで最近は着ていなかった。
6600円で買い取って、いくらで売るんだろうか、3倍くらいですかね?

続いて高値だったのはトゥモローランドのコートで、しかしお値段1400円と急降下。
第3位はセーターで1100円とこれもたいした値段ではないのだが、
ただ、私自身、このセーターは「ついでにこれも紛れて入れてみっか」という程度で
何も期待していなかったので、意外な結果にびっくり。
査定表を見るとブランド名はイリアンローブと書かれている。知らん。

逆に、もっといい値段がつくと思っていたのは、
マイケルコースとブルックスブラザーズのジャケット。
きれいな状態なのに、200円と100円。
近所のバザーにでも出したら、もう少し高値がついたのではないか?
スカートにいたっては全部まとめて110円にしかならない。せ、せつなすぎる。
(査定が気に入らなければ戻してもらうこともできるが、めんどーなのでそのまま鵜呑み)


思わぬ小遣いを手にした私は(まだ実際には振り込まれていないけれど)、
そうだ、整体へ行こう。
この数カ月の仕事でガチガチになった体をほぐしてもらおう。
骨盤周辺も調整してもらい、そしてまた例のグラフが変化してきたら、
新しいスカートを買おうじゃないか。

ところで、スラムはどうするのかい?

2015年4月26日日曜日

木を買う女2015


ようやく仕事のピークが過ぎた。
気分を一新しようと思い、
久しぶりに髪の毛をバッサリ切ってみた。
小粋な大人のボブの予定だったが、
なぜだろう、ちびまる子ちゃんが鏡に映っている。
たいていおかっぱ系で失敗すると、
ワカメちゃんか、ちびまる子ちゃん、
場合によっては麗子像と形容するのがありがちであるが、
しかしそれも若いうちであり、
今の私がちびまる子ちゃんになったというのは
もはや図々しいのかもしれない。
じゃあなんだろうか、南田洋子だろうか。樹木希林だろうか。
誰かに例える必要はあるのか。


さて、今日は毎年恒例の植木市だ。
ちなみに、過去はこんな感じである。

2014年版
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2014/04/2014.html

2012年版
http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2012/04/blog-post_22.html


今年も変わらず、中年親方とロバートの馬場ちゃんはいた。
もうすっかり顔を覚えられていた。
私が気になったのはクロモジ。
が、まだちょっと小さくて頼りない感じ。
「これは爪楊枝にもなる木ですよね? 難しくない?」
馬場ちゃんにたずねるも、
「えっ、そうなんすか、自分ちょっとわからなくて」
と相変わらずの新人ぶりだ。
チミはこの1年いったい何を学んでいたのかね?
せめて出展している商品くらい基礎知識を入れてこんのかね?
親方は言う、
「奥さん、いつも買ってくれてるよね。覚えてるよ。
  クロモジは全部で4本あったんだけどさ、他3本は売れちゃった、最近人気あるよね」
はい、ありがとうございます、今年も奥さんコールいただきました。
そいじゃあこれいただきますと言うと
「奥さん、いつも決断力がいいよね、スパッとさ、だんなさんに相談なしにいいのかい?」
「いや、だんなさんはいないんで、自分で決めるのです」
「・・・。まあさ、でもいいよこの木は、ほんと」
私の髪型が変わっても、私の顔を覚えていてくれた。
けれども、私は奥さんではないということはなぜか覚えてもらえない。
だんなはいないと言うと、なぜか話をそらされる。
2016年はどんな会話をかわすのでしょうかね。










2015年4月12日日曜日

噛みグセ

桜を楽しむこともなく、4月もすでに12日か。
1週間後に印刷入れを控えている料理本があり、
今年に入ってから、大半の時間をそれに費やしている。
撮影期間を終えると、家にこもってエンエンと原稿、原稿また原稿。
1日12時間パソコンを見続けていると、夜には涙が流れる。
あんた、泣いてんのねえ。by 松山恵子

3月後半、左下奥歯の詰めものが取れてしまった。
かかりつけの歯医者はない。
前回はいつ行ったのだろう、と振り返ると、
2012年の5月、3年前か。

http://yumikowatanabe.blogspot.jp/2012/05/blog-post_08.html


そういえば、両親が通っている歯医者がいいと聞いていた。
私の家からは電車で20〜30分程かかるのだが、
ついでに実家に顔を出すこともできるから、そこへ行ってみることにした。

こじんまりとしているが品の良い雰囲気、BGMはクラシック、
受付や助手の女性が美しい。
予約時間通り、待たされることなく治療室へ。
先生はどうだろう、私と一緒くらいの年齢か、
耳元でささやくような優しい小声で、
口を開けさせる時には「失礼します」と言い、手つきもソフト。
なるほど、これはいいかしもしれない。

取れてしまったものをクリーニングして、もう一度使えるという。
「1年以内にもしまた取れるようなことがあれば、
 新しいものに取り替えたほうがよいかと思います」
つまり今回はこの1回きりで治療が終わる。
なんて素晴らしい!
1分1秒、時間が惜しい今の私には大助かりだ。
友人から来たLINEに「すごくいいよ〜今度の歯医者」と打つ。

帰りに親の家に立ち寄った。
ちょうど夕飯時で、いなり寿司だったが、
1時間は食事を控えるように言われているので持ち帰ることに。

自宅に着き、いなり寿司を一口、二口食べると、
ゴロリ。
ん? そんなかたい具が入っとるのかいな?

さっきかぶせたばかりの金属がもう取れてしまった。
すでに診療時間は過ぎていたが歯医者に電話をしてみると、
はかなげな声で先生が直接出た。
事情を伝えると、悲しげに謝られ、
では新しいものを作ることにしましょうということに。
なんだよー、いくら優しくったって、ダメじゃん。
新しいものを作る場合、型取りとはめるのと2回行かなければならない。
くー、もったいない時間だったなあ。
通えもしない遠方の友人に「ここいいよ〜」とウキウキ自慢した私はマヌケだ。

その後、しばらくは行く時間がどうにも取れず、
ようやく今月に入って2回行ってきた。
治療後、先生は恐る恐るという感じで
「あの、間違っていたら申し訳ないですが、例えばパソコンをやっている時などに
 奥歯を強く噛みしめるクセがあるのではないかと思われます。
 肩こりがひどくなったりしますし、歯にもよくないので、
 なるべく気づいたら離すようにしていただければと。
 初回の時にもっと噛み合わせをよくチェックすればよかったのですが・・・すいません」
と言った。
なんでそんなに低姿勢なのかわからないが、
自分の噛みグセのせいもあってすぐに取れてしまったということなのか。

最近、テレビの健康番組でも目にしていた、噛み締めグセ。
パソコンの縁に「歯を離す!」と書いた付箋を貼っておくとよいなどとやっていた。
王貞治氏はその昔、噛み締めてバッティングするせいで歯がボロボロになった
という昭和ネタを思い浮かべつつ、自分はやっていないと思っていた。
しかし、やっていたのか。ショックだ。

他の歯もひと通り診たが、特に問題はないという。
ほんとに? 先生、遠慮してんじゃない?
普通は「次回、歯石とりましょう」とか言うんじゃないのか?
知覚過敏については、もう年齢的に歯茎が下がってくるので仕方ないそうで、
「歯を磨く時にできるだけ優しくゆっくりと、お願いします」
と、お願いされた。最後まで先生は小声で低姿勢なのだった。
結局のところ、いい歯医者なんでしょうかね?

今日もパソコンに向かいつつ、時々意識して、
腹話術の人形のように「アー」と口を開けるようにしている。


2015年3月21日土曜日

シェフ106号発売!!



『シェフ106号』春号、完成しております! もうすぐ書店にも並びます。

巻頭特集は「料理とワインのペアリング最前線」です。
シックプッテートル、祇園mavo、ラ・ボンヌ・ターブルに取材しています。
グランシェフはラ・ブランシュとラ・ロシェル南青山、
春のスペシャリテはレストラン・ランス・YANAGIDATE、エメ・ヴィベール、
ディファランス、ジャン-ジョルジュ 東京、レザンファン ギャテを掲載。
「地方のレストランを訪ねて」は、富士宮のレストラン ビオス、
マダムインタビューはビストロ天下井です。
他に、アニュ ルトゥルヴェ・ヴー、リゴレ、メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ、
サンマキアージュ、小藤食堂、タブローズ、ルエ ヴェル ロール、レストランキノシタ、
ラ ペ、グリグリ、イル プレージョ、フロリレージュ、
アジュール フォーティーファイブ(ザ・リッツ・カールトン東京)、フーゴー、
カラペティ バトゥバ!、レストランオカダなどなど。
フロマージュのフェルミエもちらりと出ています。

掲載店の皆様、ご協力ありがとうございました。
宣伝もどうぞよろしくお願い致します。


2015年3月12日木曜日

呆然は役立たない

昨日の出来事。
取材を終えて、靖国通りに面した地下鉄口に向かって歩いていたら、
歩道で手を大きく挙げている中年男性が目に入ってきた。
足元には盲導犬。
その人の横を通り過ぎ、階段に差しかかったところで
やっぱり気になって、振り返り、様子をうかがう。
歩道側の車線にはタクシーがなかなかやって来ない。
センター車線には空車のタクシーが数台来たのだが、通り過ぎていく。

私がとめましょうかと申し出て、代わりに手を挙げた。
ほどなくしてタクシーがとまった。
おそらく、私の陰で盲導犬の姿は運転手に見えていなかったのだろう。
ドアが開き、彼らを誘導しようとしたら、
白髪の運転手はあからさまに嫌な顔をして
「犬乗せんの?」「毛が落ちるんじゃないのぉ?」と言った。
ノーとは言わずとも拒否していることは明らかだ。
私は、呆然としてしまった。口ぽかーんと。
こういうのを本当に呆然って言うんですね。
しかしそれは、犬を連れた男性にとってはただの沈黙の時間でしかない。
運転手の嫌味な顔を彼が見えないことはある意味幸いな気がするが、
おそらくすべて心の目でお見通しだろう。
「ああ、じゃあいいです」と彼は引き下がった。
タクシーはそそくさとドアを閉め、走り去った。
そこでようやく我に返った私は、
「ええっ? こんな、こんなバカな話があるの?なんで?」とわめいた。
「まあね、結構あることですよ。でもいいです、そういうタクシーに乗ってもね」
と男性。
「そうですよね、気分悪いですよね、次探します」と
私は再び手を挙げた。
1分くらい後に次がとまった。
私は心の中で、今度拒否してみろーただじゃおかんぞっと息巻いていたので、
おそらく凄みのある態度で
「乗せてくださいっ!」と言ったと思う。
そのタクシーの運転手はさっきとは関係ないのだけれど、
ウェルカムな雰囲気でもなさそうだったので、つい。

彼を見送った後、私はまだ怒りと悲しみがおさまらなかった。
そして、自分の不甲斐なさにも腹立たしくなった。
なんでピシッと言い返せなかったのか。
バカ。アホ。役立たず。

乗車拒否の苦情は、公益財団法人「東京タクシーセンター」というところに
伝えるのがよいと聞き、すぐにメールを送った。
そして今、センターから電話がかかってきた。
「決して許されないことです。運転手を特定して厳重注意したい」と
なかなかちゃんとした対応で少し安心したけれど、
ここでまたしても私の不甲斐なさが浮上する。
会社名と車体の色だけは覚えていたのだが、ナンバーの一部など
確実に絞り込める要素を記憶していないのだ。

もし次に同じことがあったら、呆然とせずに毅然と言いなさいよ。
タクシーは  ナンバー覚えて ナンボのもの。だぞ。

それにしても。
盲導犬は座席に座るわけでもなく、服だって着ている。
多少は毛が落ちるのかもしれないけれど、
靴の裏だかズボンの裾だかに少しついたくらいで、
それに気づく人がどれほどいるのだろうか。
あるいは、犬が降りた後、運転手はささっと点検するくらいできるでしょうよ。
友人のお父さんは元タクシー運転手で、粘着テープのコロコロを用意していたそうな。